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191号 大阪

191号 大阪

すくう   田中裕子



夢の中でも眠っていた
まっくらな中
強い菊の香りがすうーっと
道を知ったようにやって来て
鼻腔に 肺に 入っていく
満ちず 途切れず 太く入っていく
わたしはひどく弱っていた
その匂いにからだをぐうっと沈められ
夢の中の眠りを
さらに深くふかく
ねむった

遠い地で祖母が
朝の井戸から汲んだ水と菊を
道の観音様に供え続けてくれたこと
あとで知った

あの菊だ
畑の端にこぼれるように咲いていた
 食べられんとに なんで? 
小さかった私に
 美しかたい
土にまみれた労働の片隅に
祖母が植えた菊の花

 観音様の日とあんたの生まれた日は
 一日違い
 惜しかことはなか
 ずれたけん、あんたは人間になったとばい

眠りのはるか上方の水面を破って
誰かの手がすくう
幾たびもすくわれて
すくわれて
わたしはここにいる

「しげぱん」   小篠真琴



北海道後期高齢者医療広域連合に
派遣で行っていた日曜の朝は
日本テレビの「シューイチ」を観ながら
「しげぱん」を食べるのが日課だった

飛び込みで訪問したアパマンの担当者に
紹介してもらった減価償却切れのマンションの
一本となりの通りに「しげぱん」はあった
母が探索して見つけてきた

「高額介護合算療養費のバッチ処理*は
 エラー件数がシャレにならない」
所属した電算システム班で高額療養費とともに担当であった私は
クエリー*によるエラーデータ抽出の
チェックに膨大な時間がかかると聞き、覚悟していた

「しげぱん」は、エラーデータのチェック処理後に寄って買ったりもした
明太子バターパンが好きだった
うぐいす色の餡が入ったパンも一緒に買っていた

「高額介護合算療養費の通知を送る際の
 宛名作成SQL*にエラーがある」
作成者は私だった
在留外国人の氏名を外国名ではなく
日本の名前で表示する必要があったのだ
すぐにバグを直して対応した

「しげぱん」はそんな時も私を癒してくれた
日曜の朝だけではなく
残業の間食も定刻の落ち込んだ帰宅の際も

「夜のしげぱん」ができたと聞いたのは
派遣が終わって帰庁したあとだった
私と違って、出世していく様が微笑ましい




     *バッチ処理 一定の処理を一括して行う方法
     *クエリー  データ処理における一括条件式
     *SQL   Structured Query Languageの頭文字をとった略称
            上記クエリー処理をプログラミング言語で記載する方法

わすれもの   森下和真



わたくしは……
という
なつかしい言葉のつらなりが
向こうのはらっぱの方から
流れてくる

乳白色の光のなかで
黄金色にかがやく草原の幻が
幾重にもかさなって
ゆらめいている

映写機にかけられたフィルムが
もう終わるのだ

道草の影を焼きつけた日の光が
ランプの明かりに姿を変えて
目のまえを通りすぎていくとき

現れては消える
ふるい言葉のつらなりが
風土のにおいを骨にしみこませ
ちいさな細い足を
野道に立たせるのだ

 2023年の
 電子機器の画面に溢れた文字が
 ワタシ ヲ ミテ
 と独りごとを呟く夜に

 愛される事ばかりを求めて
 愛する事を忘れてしまった
 コトバたちが
 繋がれないままに
 消費されていく夜に

虫の鳴き声だけが
たしかに強く響きながら
暗闇を照らしている

そのちいさな体の
生きようとする初期微動が
透明な風の先端で待っている
ずっとまっているのだ

山がしずかなときも
海がしずかなときも
ずっとまっている

風   牛田丑之助



風が吹いた

どこから入るのだろう
空は青く
フォロ・ロマーノの広さと
監獄の清潔さと

言葉に振り回されるのは
やめよう
六歳の語彙と直截さで
歌おう
そして

たった一人の古い知り合いとなった
風に吹かれていよう

いちねんせいのように   髙野信也



一年生のように
安全無害と書かれた 
名札をつけて 一列に

トリチウムが 海に出る

放水しなければ
崩壊止まらぬ 
原子の炎に
せかされて

ランドセル
うしろから けとばされ

ともだちひゃくにん
ひゃくまんばいの
はてのない 行列だ

対岸から
レミングが見送るから 
葬列

いるかいつしかヒトヲカム

くるみるくみるくるみ   髙野信也



きょうもまた
きょうしつで
ぐらんどで

ひとひとり 
わかいいのちが 失われたというのに

大人の声には
ピリオドほどの翳りもなく

自己責任だと
かかわった ここの誰にも
責任はないのだと
のど奥の音源がしゃがれていく

認めない 理解しないと決めたから
ちぎれかかった右耳は
権威ごと
意味無いリズムとしてねじふせる

 くるみるくみるくるみ
 みるくみるくるみるく

『夢候よ』   川本多紀夫



地の上にケロイド状の
十字架の刻印をしるして
石造りの教会は
まるで昇天する人のように 
瑠璃色の大空へ吊り上げられる
 
  (あるいは 吊り下ろされる 
   聖なる都 新しいエルサレムが
   天上から下ってくるように) 

鴨居玲の描く自画像には
なぜだかいつも瞳がない
暗く深くうがかれた眼窩があるのみだ

まったく何も描かれていない
真っ白なままのキャンバスを前にして
放心したように振り向く顔にも
やはり瞳がない
黙劇のように
多くの者達が集うなかにあって
彼は 異邦人のように異質な存在だ

酩酊における忘我のときと
創造の歓喜と
不安と絶望のときとが
パレットのうえで捏ね合わされる

《思い醒ませば 夢候よ
 憂きも 嬉しきもひととき》

化粧を落として
舞台から降りた道化師と
削ぎ取った顔を
仮面のように手に持つ
のっぺらぼうの自画像とが
ともに無(ニヒツ)と向き合っている


     ――『夢候よ』は鴨居玲が、閑吟集からとってきた絵画名

狂う   方韋子



あの有名なお方は
下駄を履いたまま
庭先の木に攀(よ)じ登りました
私は鉄の下駄を履き
海の底を歩いてみせましょう
さあさあ ご覧なさいませ

私は必死になって
下駄を履いたまま
海の底を歩きます
 (山あり谷あり川もある)
海の底だって楽じゃない

私はいやになって浮き上がり
目を岸に向けると
大勢の人人人
 (あれは野次馬だ)
とっさに
私はまっ白になり
発狂します

履いていた片方の
鉄の下駄を頭に乗せ
行深般若波羅蜜多(ぎょうじんはんにゃはらみた)と唱(とな)えつつ
次の世へ旅立つことを
夢みております

黄昏(たそがれ)   吉田定一



薄暗くて危(あぶ)なっかしいが
愛おしさの溢れる 時刻でもある
 
黄昏時は
――「誰(た)そ彼(かれ)」*時

暗くて ひとの見分けがつきにくい
あの「誰そ彼」は 誰かしら?

あなたは誰なの?
わたしは誰かしら?

誰だか判らないけどいる
カフェ「黒い瞳」の隅っこにいる

〝燃えるような美しい瞳
 きっと私は悪い時に お前と出逢ってしまったのだ〟*

そのあなたがそこにいる
わたしはいる

かつての若かりし頃に帰り着いたかのように
手を握り合い 見つめ合っている

あなたはわたし?
わたしはあなたかしら?

蠟燭の灯(あかり)がカウンターに揺れる
ワインに溶け込む香り立つ黄昏

いまある時間を愛おしむように
いのちある幸せが 渇(かわ)いた喉元を通る



     *「誰そ彼」 黄昏の語源。あれは誰と思っている状態。
     *「黒い瞳」 1884年に出版されたロシア歌曲。
            男性歌手フョードル・シャリアピンによって歌われ、
            世界的に有名になった。

火葬   葉陶紅子



わが人を 侵し傷つけ苦しめし
悪鬼よ燃えよ 跡形もなく

君が顔 体はいづこただ白き
骨と残りて われに住まうや

穏やかに優しく笑めど なが顔は
わが胸の穴 いまだ塞がず

カードには 穏やかな日々をと書きし君
なし得ずわれは ひとり残さる

宇宙(コスモス)に遊べや君よ 晴れ晴れと
いづこにもゆけ 思いのままに

胸に開く 欠損の穴はそのままに
再び歩く 日々は来るのか

なを慕い なれが慕いし人々と
つながりおれば なはそばにいる

欠損   葉陶紅子



今生に生きつつ 彼岸に在るごとく
ひと日は暮れぬ 世はこともなし

まばたきのひとつ ひとつに現われる
その虚しさに 笑み返しつつ

素粒子の 離合集散に他ならず
生死は一如 君我一如

繰りごとに 仏語つぶやく虚しかり
わが肌の熱 そは疑えず

わが胸の欠損は 欠損のまま
るる時の粒 埋め積もるまで

なが不在に 日々慣れゆくはすさまじき
隙突きなれは 不意襲いくる

あれほどになれを慕いて ながそばに
あるを悦ぶ われにありしが

「本を返して」と言わせないでくださいませ   平野鈴子



久びさに待ちあわせた池のほとりの「カフェ」
心労・過労で憔悴しきった友
舅・姑の世話にあけくれる
入退院をくりかえすふたり
入所施設をかたくなに拒むふたり
食事を済ませば「ごはんはまだか」と催促する
彼女は私にすがって泣いた
先の見えない介護
心のやすらぎにと思い私の大切な図録を
少しでも癒しになればと
返却時のご負担がなきようにと送料も添えた
白いゴージャスなカーテンが池の風をはらませ動いても
カイツブリが水面に急浮上しても
店の入口の柿の実が熟しても
あなたの苦労は終わらない
コーヒーとスコーンを楽しんだ日
五年経過したいま
介助に疲弊し
憎しみさえ錯綜する
本の事は忘却に至ったのだろう
遠まわしにオブラートに包んでみても
「本を返して」と言えようか
貴方をこうまでさせてしまう心の闇
身につまされる介護の動静

秋たける   平野鈴子



きょうの釣果は秋鯖にも見劣りしない真鯵の見事さ
神秘的なまでの透明な目の色
大きいだけにゼイゴは金属製のファスナーのごとくの
 精彩を放ち存在感がある
腹に包丁を入れればねっとり脂がまとわりついてくる
すでに味の予想がついた
鰺の棒ずしに仕立てる

一閑張りの器に色づいた柿の葉をしきつめ
稲穂揚げ・ムカゴの松葉刺し・渋皮煮
柿なます・とんぶりの山葵和え・鰺の棒ずし
ひじきの白和え
木通の一枝を添えて

玄関先の背負い籠には赤い野いばら
山帰来・ウメモドキ・カラスウリをからませ

秋たける時を惜しむようにしつらえが整いました
お立ち寄りになりませんか
お好みの地酒はおありですか
こんな秋をあと何度楽しむことができましょう



     *一閑張り 紙や木を漆や糊で何度も塗り重ね型をはずしたものに
           漆を塗って仕上げたもの  

ひまわり 咲いた   白井ひかる



駅のホームで電車を待っている
発車時刻より少し早めに来たから
待ち合いの列の先頭になった

だが
来るはずのない特急列車が静かに入ってきた
めずらしく満席の様子に見ると
中学生と思われる制服姿の子供たちの貸し切りだ

朝の通勤時間の京都線
修学旅行で昨夜は奈良に泊まり
これから京都に向かうのだろう

進行方向に向いて
二人がけのゆったりとしたシート
男の子も女の子も前後左右の子らと
盛んに言葉を交わしている

雑踏とひっきりなしの構内アナウンスの喧騒の中
ガラスを隔てた車内では
今日という明るい未来が
満ち溢れている

列車の出発の合図がなされた
目の前の座っている女の子と
目がぴったり合った
ん? どうする?
わたしは彼女に尋ねた
手を振ってもいいかな?
いいですとも!
思わず手を振ると
笑顔がパッと弾けて
待っていたかのように彼女も
手を振ってくれる

ゆっくりと列車が動き始めた
次のシートの子も
次のシートの子も
次のシートの子も
笑顔で手を振っている

満開のひまわりたちを乗せた列車は
やがて一直線となって
走り去った

<PHOTO POEM>
キリストさんじゃないうちの近所の宗教本部
中島(あたるしま)省吾



生者でない
助けてくれと入ったことがある
私はキリスト教除名になって追い出されたとき
力が出て
助けられた
泉南市のほんみち神殿
追い出されたキリストさんじゃなかった
いろんな宗教がありえるのだ
思想信教の自由
おう

<PHOTO POEM>
エール    長谷部圭子



疲れて頭を垂れ
痛みを心に秘めた君
でもね
太陽の光にあやされて
西風にジョークを飛ばし
月とワルツを踊り
川と口論している
やっぱり
人の世に根付いている
人の世を謳歌している
人の世に溶けこんでいる
君が消えちゃうと
この景色は途端に色褪せて侘しくなる
名脇役の君に
道行く者がエールを送った

十一月の蝉   吉田享子



 ちょっと見て!
落ち葉をひろっていた女性に
呼び止められた
かがんでみると
銀杏の落ち葉の中から
真っ黒い目がにらんでいる
蝉が羽をそろえて
いまにも飛び立とうとしているのだ

もう三月もこの場所で
蟻をも寄せつけなかった
飛びたいという思いの強さに
鳥肌が立つ 

これほどの気迫を
私は持って生きてはいない
女性も驚かれたふうで
おたがい妙に恥ずかしく
言葉もでなかった

停電   加納由将



一瞬にして
暗くなる窓
何も 見えなくなって
手触りで出口を探す
それでも
見つけられず
同じ空間を
回っている
遠いところに
声を飛ばして
誰かに届くだろうか
湖の水面を揺らした
風はどこに行ったのか
行き先を見送って

孫とピザとフルーツと   水崎野里子



あなたたち こんにちは
二か月ぶりの再会ね
日本 千葉県の五月
陽はさんさん まぶしい
でも 建物の中に入ると
涼しい クーラーだ!

リンちゃんはショッピングモールの
子ども用バギーに乗って来た
あなたはトコトコ歩いて来た
ような 記憶
ジン君 弟や妹が生まれると
上の子は面倒見てもらえなくなる
それは おばあちゃんの経験でもある
いいよ あなたおばあちゃんと一緒だから

あなたのお父さんも大変だった
あなたの叔父さん すなわちおばあちゃんの
次男が生まれてすぐ病気になると
あなたのお父さんは
ひいおばあちゃんと
ひいおじいちゃんの家に預けられた
お父さんは我慢した 一か月も
ぼくたち また一緒に住めるのかい?
どうなるんだい? あなたのお父さんは
最後には そう言った
いいこと? 長男は強くなるよ
でも おばあちゃんが見てるわ
あなたを
韓国では一緒ではないけど
写真でね 見てる

エレベーターで三階へ
フードコートよ ここは
いろんなお店が並んでいる
お蕎麦 カレー ハンバーガー屋
韓国焼肉店
あなたのお父さんは角の 
パーラーを選んだ
ピザとフルーツが並ぶ
いくらか払えば 食べ放題
奥のテーブルを一家で独占
一緒に座ろうね おばあちゃんと

イタリア式? でも今 ピザも
パスタも日本化されている
海苔のトッピングや納豆ピザがある
日本のキノコのお醤油パスタ
日本人はまだ独創的ね
でも あなたのために
お蕎麦パスタを探したけど
なかった ごめんなさい

いっぱい食べようね フルーツ
あなたのお母さんはお皿に
山盛りのスイカを持って来た
デザートもある チョコアイス
家族でお昼を共に過ごす
貴重な時間 住んでいる場所は
違うけど 今やっとすぐ会える
でもお互い 空港まで行くのが大変
あなたのお父さんはレンタカーを使うようね
便利 ナウい

あなたたちに国が違う違和感はまるでない
リンちゃんも おとなしくなった
少し大人になった 泣かない 喚かない
あなたはおばあちゃんが持って来た
おもちゃの電車で遊んでいる

ねえここ 似ていない?
この間会った ソウルの
ロッテシティホテルの地下の商店街に
陳列の食べ物や 衣料や靴
そっくり同じだ! トイレまで
おんなじだ! ハイカラだ!
韓国のハイカラ成長
すごい上昇 アジアからの世界進出
どこまで行くのかな?
黙っていよう ホトトギス

風と私   水崎野里子



風が唸る
わたしも唸る

風がとぐろを巻く
わたしも巻き上げる

風が走る
わたしも走る

風が歌う
わたしも歌う

風が泣く
わたしも泣く

風が空を飛ぶ
わたしも飛ぶ

昔 わたしは風だった
風は昔 わたしだった

わたしと風は焔となる
雲を焦がす

森を燃やす
ハイエナを燃やす

わたしは風
獰猛な風
やさしい風

ハイエナのぎらつく殺意を 
雷の光るまなこで消す

風の呪い
わたしの子守唄

静かな日々の中で   佐倉圭史



窓の外の風景
いわゆる室内から見るものは
人の少ない場所では静的だ

一人の強靭な老人が
そう予想し続けた画面を否定した

彼の腕や脚、そして生命そのものが
雨や風や雪と同じ程
大きな動きをしていた

そして外に出る
一日の生活が、予兆と行動で変化した

ダンス   加藤廣行



わたしは落ちない
たとえ天からの風で
仲間たちが舞い始めても

わたしは落ちない
たとえ夢誘う言葉が
頬をかすめようとも

わたしには落ちるべき水面がない
ただ波紋の中心に佇む
幻の裳裾のあやうさに

性善説の無理地   中島(あたるしま)省吾



私は人間は性善説か性悪説かと言われたら一〇〇%性悪説です
大きな証拠に性善説なら警察は要りません
なぜこんなにまで人は自分の都合の良い利益ばかり
追い求めるのでしょうか 悪く言われたら
やりたい放題で悪く言いまくって
周囲も止められない社会を知りました

津波、警察本部のお巡りさんの電話相談の話では

家族全員失って天涯孤独になった人が大勢います
家族全員失って天涯孤独になって自殺した人が大勢います
家族全員失って天涯孤独になって精神病になった人が大勢います
家族全員失って家も失って健常だから病院にも入れず
家の借金だけ残って自殺した若者もいます
老人が一人残されて
子供が一人残されて
助かって、でも、雪の日の三・一一の避難所で
インフルエンザが流行って、津波では助かったけど
インフルエンザで死んだ人が大勢います
私たちは何をやっているのでしょうか?
そんなに勝ち負けの人生なのでしょうか?
だからして、私は若くして死ぬまで
いや、生きている最後まで書き続けます

にんげんみんなかぞく

ゆとりない社会でボクは殺される
~大事な財布とこころいずこへ~   中島(あたるしま)省吾



困ったな
しまったしまったS倉ちよこ
困った困った困ってしまった
とにかく男の方でストーカー呼ばわりで教会で煙たがられていると想ったら
キリスト信仰からすぐ離れろ、捨てろ
私は除名になった瞬間、信仰がまだあったので
他の教会、転々とした
他の教会行っていると言うと「解りました」と
元の教会は罪悪感を持たずに、向き直って「我が教会を御守致します」に変わる
それと、なるべく女性のクリスチャンの「電話番号知っているレベル」の同志を
 横につけて置くこと
私は教会の今長老の壮年男性唯一一人しか電話知らず、こんな袋小路に陥った
今、私は「余命手当て」を市役所に受けています
手術の保証人も入院の保証人・後見人
互いの同意の下に法律が変わった
はっきり言って無縁仏になるのを待っている
それを「他教会員」のことを観て
元の教会では祈りも施しも償いもしません
みんな財政難で財布がなく、心のゆとりもありません
その壮年も老後基礎年金一二万のはずだが
やばいことに老後基礎年金四万八○○○円の時代に
日本では平等におかしくなってるからです
八○年代に、老後、基礎年金は「一二万ですね」と言い聞かされてきて
こんな今現代の見本じゃ誰も老後保険料納めて
定年なってこれじゃ
やばいでしょ
みんな民間は財布とゆとりがない
自分らも生活できないのに「他」に施しは「ゆとりないねん。許してや」になる
「他」の団体でも教会でもでした
人間的・地位的に魅力ある方か、未来の約束が出来る女性・子供なら歓迎します
もしも、このストーカー問題で関わることをゆとりないうちが関わらないことが
 可能ならばと
うちゆとりないねんと
警察呼ばれて病みます、袋小路で「他」巡りします
どうしようもなく、財布がありません、ゆとりがありません
どこでもそうですが公営以外で民間なら
公費使って私たちが問題を治すというゆとりの時代じゃないようです
スーパーでは菓子パンが夕方行くと完売です
一袋約百円

いっぱい歌える日を   関 中子



もしもし
歌える日ですか
どんな日になるかあなたにわからないとしても
あなたに歌を届けられそうな気がする
もしもし 聞いてください
晴れ



 音を
 いっぱぁーいの人
 お返事をくださーい
 わたしのどこかへどこか
 答えすらあてどないわたしに
 太平洋の起伏はことばをけしかける
 陸の谷間を海に描けと駆け上がる
 ブレンドの濃く高く 
 薄く低く 
 孤立した陸に
 ほとばしる息を吹く お返事もうすぐね
 身が透け 溶けてゆく
 研ぐ海に休む風
 旅

住まいを
もしもし いっぱぁーい

生まれかわりの

朝のひかり
島に翻り
家を携えたあなたに歌が届きそうな気がする

青花   井上良子



雨ふりしきり
母が先月たおれていた畑に
もう つゆ草生い茂っている

 父が被爆者だと知ったのは
  見合い結婚の初夜だったと、
   わたしは母から産まれ
    六十の祝歌そのさなかに
     たまたま 母は来て 
    なりゆきで はじめて
   おめでとうの母の声が
  蝋燭をふっと吹き消した
 部屋に浮いていた

母ひとり耕してきた畑に
つゆ草が懸命に咲いている
青い花 青い花 青花

親友とあいつ   斗沢テルオ



―お前の親友 やられているぞ!
駆けつけながら俺の足も竦んでいた
俺の親友 そいつに詰襟掴まれていて
―や め ろ よ― 
か細く言うのが精一杯だった
―なんでぇ オメの仲間か―
そいつは友達でなかったが小学からの同窓で
粗暴で村では不良と呼ばれていて
チェッと舌打ちすると手を離し
親指の先で親友の顎を突っついた
親友にやられている場面(ところ)見られて俺の親友
振り向きもせず大股でずんずん歩き出し
俺もただ歩幅合わせ追いかけていくだけで
声掛け出来ない分眉間にしわ寄せ
唇切れんばかりに噛みしめ
親友も噛みしめているだろう―から
中学三年の真っ赤な夏の日―
頭も体もジリジリ暑かった

同窓会案内状を受け取るとあいつ
ニッと笑った
互い還暦過ぎたオヤジになっていて
俺はあの日のことは忘れてなかったが
当事者でなかったからか無神経に
幹事の役目ばかりを考えていた
次に訪ねた親友に
あいつ来るのか と問われ躊躇し
分からないと答えてしまった
当日会場であいつを確認した親友は踵返し
一方のあいつは3次会まで繰り出した
―ひとりで母を介護してるんだよ―
酔ってはしゃぐあいつに視線向け級友が言った
踵返した親友のことばかり考えていた
どうして追いかけなかったのだろうか
俺たちは今でも
親友であり続けているのだろうか
蘇るあの日の一瞬 
五十年目の真っ赤な夏の同窓会―
頭も体もジリジリ暑かった

処理汚染水の海洋放出に   下前幸一



2023年8月24日
記憶が発動する
海中1キロメートルの排出口
嘔吐される風評と
海に紛れる思惑

トリチウムの
ベータ崩壊の微かな響き
遺伝子の損傷と
致命的な誤修復に
私たちの理由は絶句する

あなたはどこから来たのか
自らの来歴を希釈して
どこへ行こうとするのか

環境や人体への影響は考えられません
関係者の「理解」と「責任」が
腰を折られて
納得が中途に浮かぶ
あるいは防潮堤にうずくまる

アンダーコントロールの
確信的な虚言を漏れ出して
自壊する言葉が自らを侮っている
その意味の結界を溢れて
「信頼」を塗りたくられて

セシウム137
ストロンチウム90
ヨウ素129
残留する放射能に口をつぐんで
「科学的な安全」が喧伝される

2023年5月
福島原発港湾内で
捕獲されたクロソイから
1万8000ベクレル
基準値180倍の放射性セシウムが検出された

放射能は今も
福島原発から漏れ出し
海を、風景を
魚介を汚染し続け
希望は今も蝕まれている

福島原発の
溶け落ちた核燃料の
不可触の記憶を引きずり
処理汚染水の帯は海を流れて
トリチウムは崩壊する

光合成によって
海藻となり
微生物となり
小魚は食われて
やがて喧騒の港に水揚げされるだろう

風評か
あるいは
実害にまみれて
私たちは原子力のクニにいる

海岸に軋み声を残して
海鳥が羽ばたく

小さな額   笠原仙一



本棚の片隅に
母が手土産に買ってきた小さな「根性」という額が
ちょこんと ある
定位置に もう何十年もだあれも動かさない
そこにある
静かに静かにおさまっている
あれから時は進み
母もとうにこの世にはいない
でもこの額は
形見のようにちょこんとそこにある

人も 時代も 時間も 川の流れのように
とどまりはしない
でも石がどこからかこぼれ落ちると
流れが淀む 淀んで うたかたが浮かんだり消えたり
でもいつか壊れてまた流れ出す
常に前 後戻りがない
とどまることがない 創造の営みの中にある

この流れを老子は無為自然の道と言ったりしたが
流れの行き先は誰も分からない
この流れの行き先を
詩人は 真・善・美の世界と憧れたり
世界は 民主主義への道と 憧れたり
命が優しく包まれる愛への道とも 
でも この流れの真実は
何百年先にならないと分からない
過去にならないと分からない

  悪意あるものは 自然と消え
  眞あるものが自然と残り
  そしてまた いつか流れに飲み込まれ
  
  でも 額はまだそこにある
  存在が 定位置のように
  そこにある
  
そこにある
母の僕への願いがそこにある
もうすぐ七〇歳 今更ながら 僕の力となる