美しい本作りならおまかせ下さい。自費出版なら「竹林館」にご相談下さい。

出版社 竹林館  ホームへ戻る

  • お問い合わせ06-4801-6111
  • メールでのお問い合わせ
  • カートの中を見る

173号 モダニズム

173号 モダニズム

空をひろげて   北川朱実


いびつでやさしくて
巨大なかりん糖のようだった仲間が
とつぜん病で死んだ朝

群れは
動かなくなった体を
はげしく揺さぶった
地面を叩いて咆哮した

アフリカ カメルーンの
チンパンジーセンター

埋葬のため
亡骸を一輪車に乗せると

張られたロープの向こうにあらわれた
十数頭

透明なひかりをまとって
静まりかえり
身動き一つしない

深く澄んだ空に釣りあう死を
彼らは
息をのんで弔った

声にすると
水をかぶったようにずぶ濡れる
そんな瞬間があるが

スコールが
たちまち豹になる国の
小さな葬送

こぼれた静寂が
なぜあんなに鮮やかなのか

声にならないものが
空をおしひろげて

日陰鬱の日々に   増田耕三



人の訪れ来ない日陰の路地
そこに一人の老人が暮らしている
連れ合いもいるが
連れ合いその人は
深い鬱の底にときおり沈む

孫の世話への負担そして持病の数々
日盛りを歩きたいのに
叶えられないとその人は嘆く

一人の老人である私は
日陰鬱の日々をこんこんと眠るが
割りと心地よく目覚めることもある
その時に心をよぎるのは
子や孫たちはもう
それぞれの場所に行ったのだな
申し訳ないとの思い

私の日陰鬱は
連れ合いの鬱が移ったのではなく
正真正銘の自分の姿であるのだろう

その人がどうなってしまうのか
いったいどこに向かって歩くのか
私には到底分からない

そして自分もまた
不明である

四月からは町内会の副区長とやらを
務めることになっているが
この家の頼りない船長が
はたして無事に航海を続けられるのか
不明である

だが自虐的ではあるにせよ
鬱蒼とした詩の森に
辿り着けそうな気もするので
「詩書き人(びと)」とは不思議である

時   豊川義明



時を刻むという。
腕時計、掛け時計、日時計、砂時計、そう体内時計も。
時を刻まない時代は存在しただろうか。
時は常に存在し流れている。

生きとし生けるもの、家族、人類、地球は時とともに在る。
時のなかに生があり、生のなかに時がある。
私は時の流れのなかにある。喜び悲しみ、恋そして愛も。

ビッグバンの前にも、時は存在しただろうか。
コスモスの内に、その外になお時は存在する。
色も形もない、時が存在するとは何なのか。

私が時を刻み、時が私を刻んでいる。
生きるとは時のなかに存在すること。

ある夏の日   豊川義明



後(うしろ)の木陰で木にへばりついたせみが鳴いている
夏草の濃い匂いがする

私は顔をあげた
隣には白い君がいた

君は目をつむっていた
鼓動が聞こえ重なる

遠い夏の想い出
想い出の色は原色

青春時代の想いが色を
原色にする

青春はいつも香り立つ

朝焼けの遠くに   にしもとめぐみ



空はゆっくりと目を覚ます
雲が陽に照らされて
彩られ 薔薇色の微笑みを祝福する
日一日と風 風 空風

地には夏草が枯れて
空には 青桐 花水木 南京櫨(ナンキンハゼ)
葉を落として裸の腕を天に伸ばす
新しく 芽吹く 命息づく

蛹は春を待っている
土塊を耕し小石を取り除き
種を蒔き球根を植える

その眩い日に
暖かい風が
吹く

オオカミになる日   山本なおこ



ウォーウォーオオーン!

算数の時間
きょうへいが突然吠えた

先生が
オオカミになっちゃったのと聞いたので
りゅうまがおもしろがって電気を消した

薄暗くなった教室で
みんながいっせいに吠え始めた

割算がわからん
宿題をへらせ
ドッジをやらせろ

そうね こんなどしゃ降りの日は
体育館で思いきりあばれようか

先生もウォーンと一つ遠吠えすると
歓声をあげるオオカミたちを引き連れて
教室を出ていった

今だからこそ   神田好能



くりかえし
思い出すロシア文学の
心のひだ
それはドストエフスキーだったか
何回も名前をつぶやき
思い出すのはなぜだろう
それは
失ってしまった青春
心の奥に
いつも隠していた
やわ肌という言葉に
思い出してしまう昔があることを
あの頃は二十代だったか
まずしい家庭のなかにいて
若々しいロシア人の心を
理解しようとしていた
あの若い頃のように
ロマンティックな語らいをする人は
今のわたしにはもういない
胸をさす恋心も
つぶやきとなって消えてゆくとき
今のわたしに何ができるのだろう
今 ホームのなかにいて
できることは何なのか
寂しいが自分の身体に聞いてみる
老いたればこそ残しておきたい
残さなくてはならない
ことがあるのではないかと

野咲(ノエミ) ――四歳の孫娘に   左子真由美



のえちゃんは はんたいがすき
いただきます っていうと
ごちそうさま っていう
のえちゃんは いたずらがすき
トウモロコシ っていえる? ってきくと
トウロモコシ とこたえてわらう

まるくやわらかい のえちゃん
パンみたいに ふわふわ
はるかぜとくさの においがする
つかまえよう とすると
のうさぎみたいに スルリ
てを すりぬける

のえちゃんは よんさい
せなかには まだはねがある
せかいにたったひとりの のえちゃん
これから だいぼうけんのたびにでる
はねにひっかけた ちいさなリュックに
たからものを いっぱいつめて

雨の夜にあなたは帰る   水崎野里子



雨の夜に
あなたは帰る
遠い少女の日に聞いた
歌が 今蘇る

そうよ 雨の夜
きっとあなたは帰る
しとどに濡れた
夜の闇から

真っ暗な
時間の中から
あなたは現れる
ずぶ濡れで

ドアを開けるわ
ずっと 待っていたの
雨音だけが響く
空白の部屋の中で

去って行った時間
その空間を埋める雨
遠い 遠い 失われた時間
深い 深い 溝の中から

あなたは帰る

小詩篇「花屑」その14   梶谷忠大



 なごり梅


朝日に洗はれ
凛として立つ
なごりの白梅

暮れなずむ夕に
怪しいほどの
その白き花あかり

――早朝の地震(なゐ)のあやふさ
――なだれる豪雨の非情
――逃げる術なき旱天
天変地異をくぐり

己が受ける光のすべて
己があかしの
白を

ひときは放つ

なごり梅




 萌(きざ) し       梶谷予人


冬日やさし鑑真和上の座像かな


存問に知らぬが佛綿虫とぶ


友逝けり高台の街の雪蛍


わが魂を出でしにあらず綿虫とぶ


梅蕾む金平糖の核ほどに


AIに頼ること無く鳥帰る

どうしてなんて 訊かないで   もりたひらく



あなたは 正しい
言うことは 何ひとつ
間違っていない
でも たまらなく
傷ついてしまう 時があるの

     ※

あなたといると 心が和む
ふたりで 笑いあえるの とても好きよ
でも 無性に
ひとりになりたい 時があるの

どうしてなんて 訊かないで
私にも わからないのよ

心配してくれるのね ありがとう
でも 今は
ひとりで 歩きたいの

どうしてなんて 訊かないで
耳に届くはずのない 汽笛の音が
私には 聞こえる

今日は とても 天気がいいよね
空も澄んで 光あふれて
でも たまらなく
泣きたくなるの

どうしてなんて 訊かないで
理由(わけ)を探ることは そんなに
重要(たいせつ)な ことかしら

手を借ります   関 中子



あの日に消えた手を借りだします
すると身はふくよかに香り
きのうの空は美しい

透きとおった今日に残って ええ今日なのです
――あぁ 忘れていたことです わたしです――

今日に見える茎や葉を支え
うっすら雲があります 美しい空は
どこかに引っかかって 困った雲です

わたしの今日の空をあなたは泳げます
あなたの手はきのう見たことがない茎や葉と遊べます

林の奥や建物の陰から
近づき遠ざかり
眼は笑い 笑うと次の手が出てきます

やがてその手は 花になり 閉じ 開き
いっぱいになり 見える花は見えない花を想わせます
見えない花は見える花を波に見せます

波は寄せて 波は寄せて
今日の空は口や耳や名前を寄こします
君のごまのおへそもね

フランス人形みたい ――Y・Eに   根本昌幸



その女(ひと)はフランス人形のように
美しい女でした。
名前は知りませんでした。
その女とは、中学三年生の夏休み
英語と数学の講習会でとなりの席になりました。
たった一週間の講習会でしたが
最終日にさびしい笑顔で
一礼をして行きました。
名前を知ったのは、その後でした。
その女の住む町の高校へ行ったのは
もしかしたらその高校へ入学するのではないか
と 思ったからでした。
ところが、それが反対でした。
その女はぼくの住む町の高校へ来たのでした。
駅で、ふと見掛けました。
だが、相手は気付きませんでした。
それから駅でもどこでも見掛けませんでした。
それがぼくのとなりの家の同級生であり
幼なじみのK子と同じ短大に進み
千葉県の手賀沼の近くの幼稚園教諭として
働いていたのでした。
一緒の寮にいるというのでK子に電話をしました。
「Yちゃんと替わりますか」と言うので
「替わって」と言うと、Yさんは明るい声で
「あの講習会の時一緒でしたね」と憶えていました。
「詩人としてりっぱになられたそうですね」とも言いました。
K子はそれから教諭を辞め、故郷からは遠い
石川県の方へと嫁いでいきました。
そして舌癌になり三十六歳の若さで亡くなりました。
そのことをYさんは知っていたか。どうか。
電話で話したのは一度だけでした。
Yさんは美しいままに年老いたことと思う。
ぼくの記憶の中には今も、あの時のままの
Yさんが棲んでいて
さびしく笑っています。

或る初老の男   ハラキン



      或る初老の男
      鳥居を潜るまえに
      無意識に御辞儀をしようとしたら
      「無意識に御辞儀をしよう」という
      意識にたちまち憑依されていた
見上げれば天女
風に煽られて
逆立ちするように飛ぶこともあるワヨ
  風蝕が甚だしい裳階の高欄から
  僧侶が転落した
    目と鼻の先の手先肘木
    虫害による破損が破損を呼んでるぜ
中学時代の放課後にスリップした
空き缶に水を入れ
焚火で沸騰させた
やめろ 生きた蛙を入れるな!
      もうそこから死ぬるまでは
      糞尿譚とのこと
いま禅寺の東司に
首を突っ込んで
僧侶がまたがる穴を観ている
穴 穴 穴
  いまは早春
  花びら一枚一枚が
  勝手に散りゆく桜花とちがって
  更地の
  セイタカアワダチソウは
  いっせいに風に前傾した
    忽然とヒガンバナ一輪
    花と茎だけのヒガンバナ
    花があるとき葉がなくて
    葉が出たら花が消える
    ヒガンバナを昔の人は怖がったという
      汝のことよりも
      我のことがわからない
さて屋根の組物
これで二手先(ふたてさき) もっといこう
せいのっ 三手先(みてさき)だあ
でかした肘木!

右腕を   ハラキン



右腕をジャケットの右袖に通し
つぎに我が背中をさまよっている
左袖に左腕を通そうとした
だが左袖がつかまらない
上半身を左にねじったが
左袖は見つからない
我は棒のように突っ立っている

ほぼ左脚だけが
なにものかのサーチライトを浴びた
光度が強すぎて
左脚が白々と消えてしまい
すぐに感覚も失せた
我は右脚だけだ
かかしの主観のように

枕を右手のひらで軽くたたいて
眠る姿勢になり
掛け布団をかぶり消灯した
闇のなか
左手で枕の位置をずらそうとしたら
ベッドから落としてしまった
手さぐりで枕をさがしまわるが
手は虚空をつかむばかりだ
我は虚空を感じ続けている

俺という意識が   ハラキン



俺という意識が遠のいた
居酒屋の裏口で食べ残しを待った
また俺が遠のいた
炊き出しの行列に並んだ
さらに俺が遠のいた
いつの時代のどこの街か
イザリ車に乗って残飯を乞うた
待ったのも
並んだのも
乞うたのも
いのちだ
遠のいた俺は何をしていたのか

しばらくして俺は餓死したのだが
だからこそ紀元前の聖者は
しあわせになろう そのためには!
と説き始めたのでなかった
親を捨てよ 子を捨てよ
家を出て修行しよう
悟ろう
と説いた
悟ったらもう二度と生まれることは無いから

もう二度と生まれない
いのちに支配されることは無い
何も食べなくても死なない
生きてもいない死んでもいない
俺なんかずっといない
これがこれが最高の宇宙

奇妙なミュージカルから目が覚めて
落葉を掃いていた
夥しい種類の無限の落葉
ざっざっざっ
落葉を掃いていた
突風が吹いて また吹いて
掃いても掃いても
新しい落葉がやってくる
落葉を掃く人
がずっと続いた
「掃くことそのものになれや」

民俗が民俗する   ハラキン



民俗が民俗する
すなわちカラスたちが
毎夕飽きもせず同じ空路で
おのれの巣に帰っていく風光

ハイ マッチの軸木だけを作っておりました
死ぬまで七十年間
わたしが三代目です ハイ

ハイ ダッカツカンシツしてました
漆に麻布を ウルシニマフヲ
ウルシニマフヲ
毎日 奈良時代に行きまして
ダッカツカンシツしてました
この合言葉で往生します ハイ

村という名称の村の
トメさんという老婆は
一生の行動半径が
二百メートルぐらいだったそうな
こないだ機嫌よく大往生した

中国的だよなあ この彫刻
古代インドの哲学僧に
大昔の中国の衣装を着せて
知らず知らず民俗した

  「私はあんな衣装を着たことがない」
  草葉の陰で顔を赤らめた

ドラが鳴る中国的なBGMを押しのけて
バスバンドゥという
日本の若者のバンドが
やかましいロックで民俗した

老夫婦の家では米が一粒も無くなった
そこで
地蔵菩薩も民俗した
さあ出番です
笠地蔵様!

日々の変化   加納由将



この檻は拡張子、再生できなくて画面を見つめようやく自分の姿が画面に現れる。ホッとすると急速に輪郭がはっきりして動き回る。決してスムーズではないが動いていることに変わらない。疲れ始めていることに変わりはないが、新しいウィンドウが自動的にひらいていく、エラーメッセージが繰り返される。一つ一つ解消していく。ようやく壁紙が見える。もう少しで最初の画面が見え始める、がかなり難解なエラーばかりが残っている。いつ解消の糸口が見つかるかも分からず、時おり拡張子を変えてカレンダーをめくっていく。

幸せな時間   今井 豊



時は流れゆく
止まることなどない

時は消えゆく
もどせるものでもない

苦しいと
時間は重石となって
とどまり続ける
消えるどころか
積み重なっていく

楽しいと
時間はシャボン玉のように
飛んで消えてしまう

驚くほど早く感じるのは
愛しいあなたの満ちた蜜に
抱かれて過ごした
幸せな時間

初夏   高丸もと子



祈りのような形で顔を洗う
きれいなものを
さわやかな香りを
おだやかな言葉をと

目と
鼻と
口に挨拶したあと
水に流す

夕べまで突き刺さっていた言葉が
光のかけらになって
洗面口に流されていくよう
これで よし!

窓を開けて風を吸い込む
緑の音符が飛び込んでくる

賢治さん 教えてください   丸山 榮



結愛ちゃん〜 心愛ちゃん〜
二人の写真を 見つめていると
笑顔が とっても 可愛くて
素直で とっても おりこうさん
だから その人生を知ると 可愛そすぎて
二人の悲鳴は 我々の耳には 届かずに
ひっそりと 静かに この世から あの世へと
ごめんね つらかったね

こんなことが 毎年 
起こって いいのだろうか

政治家は ウソをウソで塗り固め
大企業家は 金さえ儲かれば
それがすべてと ほくそ笑む
上も上なら 下も下
殺しや 詐欺は 次々と
起こり続ける この日本

口先だけの 世の中じゃ
希望は持てぬ 夢も無い
こんな日本に 誰がした

日本は 借金だらけの 国なのに
外遊するたび 大盤振る舞い
幸せムードで ご満悦
大国に行けば
不要なものを 買わされて

軍事国家は おそろしや
国民全て 蚊帳の外
軍事国家は 怖すぎる

賢治さん 教えてください

日本の今は 黒い霧に覆われいて
明るい 出口が見えません

どう生きていけば いいのでしょうか

蜘蛛の生き方   斗沢テルオ



地上に誕生してからの
気が遠くなるような時間のなかで蜘蛛は
待つことで生きてきた
ときに 待つことに疲れて
狩猟を試みたものもいたが
生態を変えるまでの欲望がなかったか
地球に張った糸は切れない

待つことの
斯くも確信に満ちた崇高な生き方

人間は欲望の塊だから
待つという哲学をもてない
かといって欲望を抱いたばかりに
ナメクジは身を滅ぼした(*1)

廃屋の小屋に張られた巣を見ながら
俺は何を待って生きてきたのかと
隅でジッと待機している蜘蛛に問うてみる
確かに何かを待っていたはずなのに
還暦を疾うに過ぎた今
何を待っていたのか
分からなくなってしまった
否 知ることを拒否していたのかも知れない
待っていたものがそしらぬ顔して
目の前を通り過ぎていくのを気づいても
呼び止める術も持てず
待つ間の取り残されていく不安だけが
増幅する

ゴドーを待っていた二人には(*2)
待つことへの確信があったのか
確信を得るために待っていたのか

蜘蛛はこれからも待つ生き方を
地球が滅びるまで貫くだろう


                   *1=手塚治虫「火の鳥 未来篇」
                   *2=ベケット「ゴドーを待ちながら」

白くまさんとあずちゃんの恋   中島(あたるしま)省吾



ふと、ある日、あずは白くまに恋をしました
ここはロシアの地球の一番北にある
十万人以上の王国ノリリスクです
ノリリスクには王宮がありました
あずは王宮のお姫様です

今日もあずは港が凍港している北極海の海を
とことこと歩いています

白くまさんに愛を届けました
白くまさんもあずちゃんのために可愛い猫を
あずちゃんにあげるため北極海の砂漠の上で待っています
白くまさんはあずちゃんだけ
人間では特別だよと言いました
あずちゃんを虐めてくる女の子がスノーモービルでイケズをしてきました
魚ーーーうおおおおおーーーーー
白くまさんはあずちゃんを悲しませる者が憎かった
虐めてくるライバルは逃げました
その時、漁師の小枝さんが
白くまさんを撃ちました
あずちゃんは悲しみました
それからというもの
あずちゃんの思春期に
恋した白くまさんからか
ノリリスク王国の
紋章は
白くまさんのマークです

あたしの革命   中島(あたるしま)省吾



あたしは雪原の上を猟銃片手に
一人歩く
なんであたしじゃなかったの?
雪原で倒れても歩く
奴の雪小屋のアジトまで歩く
奴に本当のことを
聞いてから
奴を撃ってあたしも死ぬんだ
あたしと一緒に連れて逝く
なんであたしを愛してくれたの?
でも、なんで?
あたしじゃなかったの?
雪原で倒れた
まだ歩く
奴の頭に銃を突き付けた

早く輪廻へ引っ込みたい   中島(あたるしま)省吾



あんまり長く生きたくない
二〇一八年八月、朝の「よ~いドン」という番組で
スーパーのてんぷらの惣菜が売れているとかということ
二〇一八年の夏は激暑で、家庭で油使うのは暑苦しいからということ
いいねいいね
と思いきや
タレントで家庭が良い、結婚が良い、恋愛が良い、と主張活動しておられる
〇原正子さん
「ほんまは家庭で主婦がてんぷら作って、彼氏が喜ぶはずなんや。
 だんなも妻が作ったほうがうまいと想うんやけどな」
と、言った
そうなんだ、そうなんだけど
みんなうまく行かないんだ
この人の主張は偏って間違っている
一言多い人だな
私は早く輪廻へ引っ込みたい
できたらお地蔵さんになりたい
家の近所の〇〇学会の
一人暮らしのお婆ちゃんのゴミ出ししている
いつも、二百円くれる
日本人の良い優しさだな
長生きしてね

引力切れ   牛島富美二



震度10の大地震に襲われ
引力も襲われて
揺れが途中で途切れてしまったため
私は隣の邸の孟宗竹の梢にいる
孟宗竹は無数に延ばした地下茎のせいで
宙ぶらりんの引力に抗っている
なるほど
引力がブラブラしているのがよく分かる
なぜって
みんな掴まる物がなくて漂流しているから
私も梢を蹴飛ばして
孟宗竹よりもずっと高い空にあがる
ヨッちゃんもターちゃんもいる
あ、あれはミッちゃん
子どもの頃好きだったミッちゃん
上空だから好きだったよって言っても
他の人には聞こえないだろうから
ミッちゃんと言おうとしたら
ミが引っ張られてミーとなったままだったり
好きがスキーになったり
さらには
キスーなどとひっくり返ったりする
一向に次の声にならない
引力が壊れて宙ぶらりんのせいらしい
声を引き出してくれないから
ミッちゃんは知らんぷりして
目の前を漂流して行った
何十年ぶりに見かけたのだから
見忘れたのだと思うしかない
まさか引力が途切れ
脳力が宙ぶらりんになったなどと……

二〇一九年、真夏の夜の夢

涙は泉のごとく   平野鈴子



無垢な子供の魂の訴え
大人への無力のジレンマ
虐待があるたびに
私の悲しみは増幅し幼い日の自分を重ね
断ち切れぬ親からの虐待・暴言が子供心を苦しめ狂わせる

九歳から六年間の教育虐待
いたいけな子供の羽根をもぎとり
算数のドリルを積み上げ
こんな問題もできないのか
頭に加えるゲンコツの痛み
死ね 死んでしまえと恫喝
身のおきどころもなく
ただ茫然と生きていた
耐えがたい仕打ちであった
母は身を挺して私をかばう事もなく
母性を葬り
女の性を選んでいた
子供の人生を台無しにし
取り返しがつかない事に気づかない

白髪頭になった今
テレビを見ては涙を流し
新聞には涙がぽたぽた落ち
そうだったの
苦しかったね
子供達を私の心の中で抱きしめている
命を奪われても地獄
命つなげても地獄
かわいらしい名前だけがむなしく残る
父は生まじめで酒も飲めずの頑固者
虐待の十字架背負い
心では慟哭の日々
父の吹く尺八の無情なまでの
残響音が幻聴となって
あの記憶を消去しても
生んでくれてありがとうなんてまだ言えない
私の優しさ捜しの旅路は今も終わらない

風花(かざはな)のお膳立て   平野鈴子



冬はまったり味
味覚のうつろいは
あっさり塩焼から
柚庵漬・西京漬・粕漬と
濃厚な味に移行する

真名鰹(まながつお)の西京漬は
中火で丁寧に焼きあげじわりと油が口中に広がり
つい柔らかい骨までしがんでしまう旨味
甘酢に漬けた菊花大根を添える

モズクは三杯酢にし針生姜を天盛に

小田巻き蒸しは
うどん・鶏肉・焼き穴子・椎茸・カマボコ
百合根・銀杏
蒸し椀の蓋をあければ美しい色彩に
じく三ツ葉・柚子の香りが
旨さの期待をかきたてる

栗ごはんは
栗のあくをとり
米と糯米(もちごめ)を加えふっくら炊きあがり
ほのかなあまさの栗ごはん

白味噌仕立ての汁は
煮えばなの汁からは際立つ味に
おたけびの声がきこえるようだ

遠くの足音をすかさずとらえ
玄関先に走りちぎれるほどに尾をふり
目を細める愛犬がいる
肩の雪をはらう家人
熱あつこそが寒さの何よりのご馳走
食卓の美味しさを
たぐりよせる今宵
箸置に と手折(たお)った雪椿のいとおしさ

庭のテッポウユリの種さやが
今も静寂の中に残っている

問いかける   木村孝夫



私は生きているのでしょうか
と いう問いかけは
夢の中でもドキリとする

存在が、非存在であることが
もし分かっていたならば
答えることができたかも知れない

戒名や塔婆の姿がない中で
それが写真だけであったとしても
人様の命に触れる言葉は
禁句だろう

大津波で行方不明になった
叔母さんを探していたときなのだが
皆すっかり疲れ果てていた

  *

私は生きているのでしょうか
と 聴いてくるのだ
それも毎晩だ

思わずドキリとして眠れなくなる

この言葉に慣れてはいけないのだ
眠れなくなるのは
存在であるとまだ(今も)信じているから

喪主の挨拶は
「一枚だけ残っていた写真で
 お葬式をします
 お棺は形だけです」

震える声を絞り出すような一言に
寒気を覚えた

  *

この世から身を隠した者が
写真だけで葬式を済ませ
立派な戒名をいただいたとしても

写真に向かって手を合わせるだけ
一つの区切りだと言っても

魂がそこにはない

区切りで存在が非存在になるのか
まだ海の底に
存在があるのかも知れないのだ

心の中で叫び続けて
もう八年目が過ぎようとしている
海の中は寒いだろう

  *

写真だけがお墓の中で眠っている

月命日の夜になると
お墓の中から泣き声がする
と いう

写真が思いだしては
泣くのだろう

神経が昂れば聴こえないものまで
聴こえてくる
だから、夢の中は騒がしい

存在が非存在に変わるとき
この問いかけはなくなるかも知れない
それが何時なのか

分からないから
私は生きているのでしょうか
私は生きているのでしょうか
と 問いかけてくる

教えてあげたいのだが
夢の中では答えるものを持たない
今も、ときどき悲しい声で
問いかけてくる

阿修羅   葉陶紅子



漆黒の闇に 火の粉をまき散らし
おのれ焼きつつ 奔る阿修羅よ

森を焼く炎となって 燃え尽くす
無人の荒野(の)なり 躰の内は

供犠(くぎ)の膚 懐剣(けん)にて切るも
牙で裂かるも 出でる血は同じ色なり

灰となる骨の軋みに ふるえつつ
燃え崩れゆく 森にたたずむ

3つの顔(おも) 6つの腕(かいな)をもぎ取られ
荒野に彳(た)つを トルソとは呼ぶ

焼け錆びし剣(つるぎ)ころがる 荒野にも
ま白き雪は 降りて積もれり

なれが灰銀砂となって 蒼穹の
夜を彩なす 仰ぎ聴きませ

花の夜   葉陶紅子



わが膚のなかにうずもれ 蒼穹の
花汁にまろび 千夜を夢む

花の夜 粒子のゆらぎだけ残し
裸線と消えて 宇宙(コスモス)になる

種子くわえ 裸線の森の死の淵を
花の匂いを散らし 舞う鳥

星読みも戦士も賊も 小人らも
踊り候え 花明かりの夜

海の母/森の父 踊り候え
裸線の内で 無限昼夜を

花の夜 裸線の内を翔ける鳥
奇声をひいて 光の乱舞

祝祭の裸線の鳥は たおやかに
死の淵をこえ いずくにゆかん

競演   長谷部圭子



未熟なアーティスト
薄汚れた壁のキャンバス一面に
思いの丈をぶちまけた
赤色と黒色の塗料
憤怒と情熱が競演している
ちっぽけな自分の存在を 確かめるように刻印した
壁下の紫色の文字 秘密の暗号
猛り狂うような激情と
知らぬ間に手にした 無我の境地
静と動の競演の狭間で
若きアーティストは何を想うのか

MONEY   尾崎まこと



人々はそれぞれ
心臓の形をした赤い財布を持たされている。
残りの黄金を数えると
中世の影がさす。
都市は教会である。

こんな空虚な国に   下前幸一



二〇一九年二月
底冷えの夕

目を背けながら
僕らは見ている
鵺のような政治の身悶え

改竄し、廃棄し、しらを切り
「朝ご飯は食べていません」と

裏で握った取引を
身に覚えもないとはぐらかし
国会席の薄笑い

「記憶にありません」と
一般論にすりかえて
自らの記憶も塗り替える

真摯に対応するという
からっぽの言葉を
ただ「真摯に」繰り返し

「サンゴは移しました」と
その場限りの言い逃れ
印象だけを刷り込んで

座り込み抗議する
「こんな人たち」を強引に引きはがし
青い海を赤土で埋め立てる

『美しい国へ』
八百万の嘘と
強弁を塗り重ね

東の向こうには尻尾を振って
ノーベル賞だとおだて上げ
F35一兆円のご献上

横目でちらと
オトモダチに合図を送り
モリカケそばに百万円の薬味を少し

誰がいたのだろう
首相官邸の
密室の謀議に

言わずもがなの忖度に
なんとなく
場の空気を読み込んで

そのように今を取り繕って
佐○よ、あなたは
なにを守ろうとしたのだろう

仲間うちの水に溺れて
もがきながら泳ぎきり
たどり着いた栄転の場所で

岩盤規制緩和と
戦略特区のおいしい話
あらゆる利権をやぶにらみ

誰とは言わない
金だけ、今だけ、自分だけ
四半期決算が行動指針

「悪夢のような」政府にすり寄って

理想は萎えて
誰もが誰もを忖度し
夕暮れには付帯決議が息をつく

二〇一九年二月
底冷えの夕

こんな空虚な国に僕らはいます

人気のない街角に
ただひらひらと
言葉だけが舞っている

打ち切りの場所に
捨てられた廃屋や
汚染された桜並木に

そして人びとの心のなかに

小さな人びとが火を灯し
かき消され、火を灯し
明日の手がかりを探しています

こんな空虚な国に僕らはいます

入れてね ――故 藤井恭一氏にささげる   藤谷恵一郎



戦争しか知らないで死んだ幼い子どもが
小鳥になってやってくる

小春日和の平和な公園で遊ぶ子どもたちのところに
無垢な声が
――入れてね



        *同級生故藤井氏よりいただいた葉書――
         この小鳥は明日はどこに飛んでいくのでしょうか。
         暖かい湯気の立つ鍋を囲む仲間がいる欄干にとまるのでしょうか。
         入れてね。  (拙著『明日への小鳥』をお送りした返書の一部)

タンポポ   藤谷恵一郎



綿毛のタンポポを一茎
女の子は 頬を寄せながら
男の子の口元に持っていった

深く息を吸い込んで 男の子は
一気に吹いた

女の子はいたずらっぽく それでも
男の子に気づかれないように
前髪をかき上げる仕種で 息を添えた

一粒の種子も残らず 一息に
すべてが飛び立つように



        *――アメリカのある地方の花占い
         タンポポの綿毛が一息ですべて飛び離れると、母親がまだ
         その子を探していないので家に帰らなくていいという。

やさいのうた 三篇   吉田定一



 とうもろこしのうた


ひとつぶ ひとつぶが
はるか彼方の 星雲からやってきた
楽団員の ようだ

幕が 取り払われたところで
そろそろ 収穫を祝う
音楽祭を 始めましょうか

美しく並んだ オーケストラを前にして
さわやかに 秋が
黄金の指揮棒(タクト)を 振り始めた



 うめぼしのうた


長生きなど
したくないのに

こんな しわくちゃ婆さまに
させられてしまって

と うめぼし
いやだね ひとのお節介は

ほら 肉も
こんなに 少のうなった

日に 干されてからだに
白い 塩の粉まで ふきだしてさ

はやく 土のなかに
帰りとうなった



 ふきのうた


さらさらと 清らかな水が
流れて いるではないか

地上から ほんのわずかの 高みにある
空までだけど…

ああ、やはり 天に向かって
流れている 川があったのだ

幼き 日々の 夢
信じていたものが あった

――青く伸びた 細き茎――

「ほら、あそこ」と
幼な子の ぼくの瞳(ひとみ)が しずかに呼ぶ