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196号 私の推す詩人・文人

196号 私の推す詩人・文人

湯   橋爪さち子



とおい日の夏休み
起きぬけに母の里家の表戸を開けると
一面に広がる草いきれが
待ち構えたように鼻孔を塞ぎ
襲いかかるようにわたしを抱きしめて
どこかへ連れ去ろうとする

それでもいい気で
くねくね身をよじらせ表に出ると
「おはよう 嬢も手伝(てつど)おとくれえな」
乳色ただよう畑の中から祖母の声がして

二人で仏さまに供える花を摘み
露に濡れた茄子や胡瓜をもいだ
朝ごとの手伝いを
お蚕さま棚のある細い窓や
田の傍の半鐘がじっと見下ろしていた そんな

はるかな朝から
幾十年も過ぎたというのに
いまも風呂に入り
湯気に身をかがめるたびに
わたしの下腹からあの
草いきれにも似た蒼びたにおいが立ちのぼる

そのたびに今は亡き母の腿がうかぶのは
老いた彼女を湯に入れたときにも
同じにおいが湧き上がり
わたしとのDNAの近しさを
感じたせいなのか
それともそれは
そういうたちのものなのか

湯に浸かり眼を閉じるたびに
草のにおいを持つ柔らかな腿が
言祝ぐようにわたしに駆けよってくる
気配がする

ポプラ   半田信和



ポプラ並木を背に
まばゆい光を浴びる人がいる

日傘の下の表情は定かではないが
何かを一心に見つめる気配がある

さわさわと流れる時の
足元に潜む闇

永遠の羽音のようにさざめく
ポプラの葉

今ここに佇むいのちの
喜びと悲しみ

愛する者であること
過ぎ去る者であること

その人は何を見つめ
どこへ向かうのだろう

ともあれ一枚の光の中に
その人は生きている

ふたり   升田尚世



スチームでくもる窓
出会った頃のふたりが
テーブルに映る

駅裏のロータリーには
ぼんやりと桜がけぶって
ぼんやりと眠そうに
あなたは
昨晩ひいた風邪のせいで
ときおり鼻をすする

蓴菜(じゅんさい)の色に似た
エメラルドの小皿に
真っ白な塩が入っている
上等の菜種油で揚げた
牛蒡のスティックに
ひと摘(つま)み 振りかけようと
小皿を掌にのせたとき

―あめゆじゆ
あなたが丸くつぶやく
ミルクガラスのシェードの縁に
まぼろしのように浮かんだ
―とてちてけんじや
ひとつまばたいて返すと
やわらかく笑って
あなたは 窓の外を見た

まがつたてつぽうだまのやうに* 
飛びだすには
ふたりは すっかり
満ち足りていた
ゆくさきを知らないまま
春の中で 夢見ていた



            *引用:宮沢賢治「永訣の朝」より

丑三つ時   𠮷田享子



丑三つ時は幽霊の通行時間帯
鬼門が霊界の扉を開くという

さて昨今は眠れない婆さんたちが
ぼっと開いた灰色の門をめざして
夜な夜な集まってくる
門をくぐると思い思いの場所で
思い思いのヒマつぶし
孫の画用紙に書きなぐった絵が
亡くなった爺さんの顔になったと
目を丸くしてホホとうれしそう
若くして死んだ男と半世紀
心の中で暮らしている日々を
曲がった指でなぞっている
河原では手のひらの蛍に泣いたり笑ったり
だんだん少女に戻ってゆき
ピカリピカリ思い出を飛ばしている
あの日渡せなかったマフラーを
いま誰かのために
せっせと無心に編んでいる
ほら あの人は椅子に掛け
足をプラプラ 遠くの顔近くの顔を
好奇心いっぱいでながめている
こうしてみると婆さんたちのひそかな想いは
人を恋う祈りである

白みはじめた夜明けの門を
ほうっとため息ひとつつき
三々五々帰ってゆく
信号はずっと青です

痣   葉陶紅子



屍(しかばね)を荒野に彳(た)たせ 朽ち逝くを
見据えた後に 分身は発つ

傷痕はいかに消えるや 分身の
膚(はだえ)の痣と なって引き継ぐ

分身はあわいを生きる 自足して
移り逝く時 膚に抱きしめ

愛撫され吸われるたびに 浮き出でて
心を揺する 痣の記憶よ

痣の故問うなかれ君 願わくば
暫し腕(かいな)に 懐(いだ)きしままで

君吸えば 浮き立つ痣に耳あてて
小さき者らの 物語聞け

痣に棲む 小さき者らの声を聞き
われは生きると 君は知りしや

新しい人   葉陶紅子



楠の木となり 人中に彳(た)ちおれば
時の流れは 木漏れ日と落つ

樹はトルソーとならざれば 太陽(ひ)と星の
巡る曠野に ふたたび彳てじ

欠落の空の窓より 風来たり
多く得しゆえ 多く奪わる

風の中の歌消えゆけど 透明な
刺青となって 膚は記憶す

憧れや ほの温かき寂しさや
忘れしものら 額(ぬか)に吹き来る

傷老いて 樹膚は別の貌(かお)をもつ
歩み出さなん 新しい人

真っ白な画帖を前に 笑みし子は
ずる貌でいま 再び笑めり

歩香桂銀金角飛   斗沢テルオ



藤井聡太君の活躍めざましい将棋界
おれは駒の動きも分からん将棋音痴
相手陣地の王将を取ると
勝ちらしい
我が陣地の王将を取られると
負けらしい
そのあと――なぜ残った部下たちは
大将の王失っても戦うことをしないのか
駒一億一心火の玉ではなかったのか
一兵卒の歩も下士官の金や銀も
将校の角や飛車も大将の王取られると
すべて一瞬に片づけられる
なんと理不尽な!
ひとマスも進めずに
敗軍兵となる駒もいる
どの世界にも報われない者たち
それどころか捕虜になった奴らは
寝返って落下傘部隊となって
いきなり攻め込んでくる
昨日の戦友は今日の敵か
誰だこんな卑怯な盤戦場考えたのは
将棋はやっぱり挟み将棋だ単純でいい
いやこっちはもっと卑怯か
なんたって――
挟み撃ちだもんな

一人の男の死   川本多紀夫



カーテン越しに
薄い光が差し込む病室で
たった今 一人の男が
亡くなったところだ

長の年月
古びたアパートの一部屋を
縄張りのようにして
家族も持たず

深い海底の
ゴツゴツした岩陰に棲む
魚のクエのように
ゴツイ男であったものだが

直ぐとその足で
海の彼方の補陀落浄土へ
行ったやら どうだか
それは分からない

時おり野太いバスの声で
呟くように話すことばが 
何かの小話のように
聞こえたものだが

ひとり荒れ野に棲む
隠者がかたる
何かの啓示のようなものにも
聞こえたものだが

最後に深く
鰓呼吸のようにして
息を引き取った後の病室は
深い海底のように
うす暗くて静かだ

何もなくても ―若い二人への応援歌―   吉田定一



何もなくても いいさ
 それで いいんだ

優しいひとを 微笑(ほほえ)み包んで
 生きていきさえすれば

何もなくても いいさ
 それで いいんだ


哀しいひとを 涙で抱きしめて
 生きて 行くんだ

それで いいんだ
 何もなくても いいさ

涙と微笑みを 浮力にして
 こころの散歩 一歩二歩 散歩‼


瞳(め)を見つめ合い 歌を唄えば
 心身に生まれる 快い調和(ハーモニー)

いつもあなたと一緒 いのちを
 分け合って 生きてさえおればいい

何もなくても いいさ
 それで いいんだ

ウォーキング   加納由将



歩き回っている
何の目的もなく
ルートは 決められていて
逆らうことはできず
足が 千切れるほど
痛くても
後ろから おされて
揺らいでいる 景色の中に
おしこまれていく
気分が悪くなっても
容赦なく
体は すすんでいく
遠くで 手招きするのは
誰だと 思って 近づこうとするが
一向に 近づけず いつまでも 追いかけ続ける

ゴッホの庭   水崎野里子



〝アルルは明るい
 日本のように明るい〟
今は亡き父がフランスへ行こうと
誘ってくれた時
この言葉がなぜか
再びわたしに語りかけた

忘れられないゴッホの言葉
大学生になりたてのわたしが
読んでいた文庫本
『ゴッホの手紙』の中の一節

当時 父と一緒に
旅行社のツアーに乗って
ニースへ飛んだと記憶する
そこからバスで
モナコを経て
南仏の熱い太陽の地をまわった
プロバンスは芸術家が集まった地
アトリエを建てた地
マチス ピカソ
マチスの墓 ピカソ博物館
どれもわたしにとっては
目眩く夢だった
それから広大な葡萄畑を走り
バスは北上することになる

記憶では アルルを訪れたのは
その途中だ
旅行者一同 ガイドさんに従い
巡った ゴッホの家跡 森の公園
跳ね橋 古代劇場石造り
ローマの遺跡だ
その中で記憶に残る
ゴッホが晩年を過ごした
病院 あるいは養老院
その庭

色とりどりの花が咲いていた
びっしりと 咲き誇っていた
廊下に沿って咲いていた
名前は知らない赤い花
強烈な印象だった
こんなきれいな庭に囲まれて
ゴッホは晩年を過ごしたのか
わたしは嬉しかつた
当時は 少女のニコニコ顔 
だったと思う

生前 ゴッホの絵は売れなかった
ゴーギャンに去られて
耳を切った
そんなこと 知っていた
だが あの赤い花
ゴッホは見たのかな?
生命の色 燃える色

日本はアルルのように明るい
わたしにゴッホが語りかける
訪れたカフェは 黄色く塗られていた
ゴッホが絵に描いたのだろう
何を食べたか コーヒーは
どんな味だったか
もう 覚えてはいない
だが ゴッホはひたすら求めた
光を

糸杉と星の道
糸杉は西欧では墓場に植える
星が照らす光
ひまわりの絵
太陽の黄色
北斎の浮世絵の模写
ゴッホの日本橋は明るい
ひたすら光を求めてゴッホは死んだ

芸術家は孤独だな
わたしは思う だが疑問がある
ホームにあった 赤い花
ゴッホは見なかったのか?
あるいは それは
ゴッホのひたすらの
芸術への熱情
ゴッホを慕って咲いた
神の花 神の精霊

小さな白い花   水崎野里子



小さな白い花を見た
公園の片隅
群れをなして咲いていた
名前も知らない花
その白さが夢のよう
目を見張る

ふるさとの遠いあの道
古い俗謡が蘇る
歌っていたひとは
他界した
思い出が蘇る
黙ってうつむいていた
お下げ髪

でもあなたたちは 
うつむいてはいない
小さな白い花冠をひたすら
朝の空気にもたげている
誇り高く
小さいけれど
わたしはあなたを
見逃したりはしない
できない
エーデルワイス?

白さ 花嫁さんのベール
遠い高い山の雪の冠
わたしの心も白くありたい
朝のお祈りは白
そうだ
父と母が来いと言っている
お墓は熱いから
はい 小さな白い花を持って
行きます

涙   水崎野里子



昨日 
涙を流そうと思った
いくら経っても出ない
きっと 昨日 水をたくさん
飲まなかったせいだ

今日
涙を流そうと思った
いくら経っても出ない 
きっと昼までには
出るだろう

流しても 流し切れない
涙 きっともう
涸れ果ててしまった
いつでも 悲しいことが
多すぎる この世

昔集めた硝子の破片を
繋げて 首飾りを作った
そしたら バラバラになって
夜空へ 飛んで行った
星の涙になった

<PHOTO POEM>
つとむくんとブルー   あたるしましょうご中島省吾



ブーさんが死にました
つとむくんが泣きましたが
近所付き合いもなく
生涯独身の親死んだ
一人っ子のブーさんなので
つとむくん一人知り合いなので
役所に頼んで
無縁仏になりました
葬式はありません
役所経由で
無縁仏に散骨しました
つとむくんは
若いころ
モテモテでしたが
還暦を過ぎたころ
近所の女の子に
おっさん、おっさん、おい、おっさん、と
言われて
ブーさんと隣同士の
市営団地で「朝から生活保護の飲ん兵衛」と
 あだ名がつけられて
市営団地の有名人で暮らしていました
つとむくんも死にました

急に倒れました
ブーさんは道で一人、倒れましたが
つとむくんは家で一人ぼっちでなくなりました
どっちとも看取られず死にました
つとむくんには
絶縁離婚した元奥さんと
同じく向こうから絶縁の
精神病の息子さんとかがいましたが
エンディングノートにブーさんと同じ
無縁仏にしてくれと書置きにありましたので
あっさりと
葬式がなく役所経由で無縁仏になりました

<PHOTO POEM>
木立はめぐる   長谷部圭子



あなたも覚えているでしょうか
緑の葉のドレスを纏い 
太陽に接吻された小枝の恥じらいを

あなたも惜しんだのでしょうか
風にリードされ くるくると舞い散る
深紅に染まった枯葉の別れのワルツを

あなたも見ていたでしょうか
雪のコートの重さを知り
黙して耐える木立の勇姿を

あなたも聞こえているでしょうか
固く乾いた樹皮の中に 
かすかに脈打つ新芽の胎動を

霜月の朝   下前幸一



2024年11月
明け方の身震いに
足下が、すと抜けた
中空に私は浮かび
からっぽの場所にうろたえる

うそ寒い霜月の朝
人の責任を問われているような
覚えのない罪に追われているような
辿るべき道を失い
圏外に外れてしまったような

届かない時空が歪んでいる
足元は虚にめり込んで
膨大な匿名の呟きに
滑らかに知らされる
そのざわめきに私も運ばれて

不確かな中途の場所で
私を扇動しようとする
中身のない衝動
時代の記憶は運び出されて
カラクリが置き換えられている

うごめく情報が拡散し
億万の情報を扇動する
私によく似た言葉が殺到し
私の傍らを確信が地崩れ
雪崩れ落ちていく

そこは歳月のエアーポケット
とぐろを巻いた賛意と
手のひらを反す敵意が
思いもかけない場所で
手を結びあっている

私は切実に求めている
騙り取られた民意の底で
傍らを滑っていく歴史の意味を
空中に足掻くように
私である言葉を求めている

時代が変わったことに気づかないまま
私は、ふと目覚めた
うそ寒い霜月の朝
変わり切れない私を抱えて
相変わらず希望の種を求めている

僕の名前はつとむ   中島(あたるしま)省吾



僕の名前はつとむ
僕、つとむはタワーマンションに住んでる
タワーマンションの一番奥の大理石の
風呂に行った
服を脱いだ
ジャグジーの大浴場に入った
テレビMCの谷原章介さんが
気持ち良さそうに肩までつかって
両手を広げて、入浴していた
 ごめん。でるね
 一人だから、くつろいでね
と、脱衣場の方へ出て行った
気を使ってくださいました
奥の立ちシャワーゾーンも
誰もいなかった
僕はいつも
誰か男が入って来て
鍵を閉めて
なんかいたずらされるんだ
なんか不思議に
谷原さんの子供として
生まれられたら
幸せだろうになと想った
谷原さんの子供は幸せだ
関係ないんだが

少子高齢化   中島(あたるしま)省吾



もう、言いようがない少子高齢化
近所のつとむくんの前には女の子が集中して
バレンタインチョコ選定つとむくん
「いらねーなあ」
ひどいことを言って無州は外されたが自分で食べる
近所のブーさん「くだらねえ。つまんねーな」
ブーさんは還暦を迎えても独りもんです
つとむくんは二回女を入れ替えましたが
二回目の女が子供二人産みましたが
二回目の奥さんの長男が精神病になり
生活保護家庭です
つとむくんも還暦を迎え、朝から飲兵衛で、生活保護です
ブーさんは一生涯木工所で一生懸命働いていましたが
少額の単身世帯年金で困っていました
単身男性世帯年金四万八〇〇〇円の需給で(二〇二五年現在)
役所に泣き言を言って
生活保護の上乗せでなんとかやっていました
一人男一極集中の少子高齢化時代

なんてこった   中島(あたるしま)省吾



つとむくんとブーさんが能登半島珠洲市に旅行に来た
「なんてこった」
正月に家が倒れて縁起もありません
珠洲市の倒壊をまぬがれた神社で
手を合わせました
普通、正月のトラウマは
話にならない
一生涯の傷です
震災に遭った方々は
一生背負うのです
助けないといけません
私は毎朝スーパーに買い物帰りに
ガチャの近くに置いてある
ドラえもん募金に一日一円入れています

知らなかった   白井ひかる


いつも通りの一日が
終わろうとしていた

駅へと続く大通り
雑踏の人いきれが
傾き始めた太陽に染められて
こんもりと色づいている

彼とは時々帰りが一緒になる
社屋を出て駅までのわずかな道のり
天気や仕事や上司の悪口
他愛のない話で笑い合う

改札が近づいた
今日は待ち合わせをしているのだという
嫁さんの誕生日なんでね
食事でもしようと思ってね
少し面倒くさそうに
しかし嬉しそうに彼は話した

そうなの?
わたしは心の中で叫んでいた
妻のいる彼にとっては
当たり前の何気ない日常に
気持ちが凍りつく自分がいることに
初めて気がついた

目の前の景色
両手でつかんで
ポスターのように
勢いよく引き剝がす
クシャクシャと丸めて
ポーンと空に放り投げた

落ちて来るな 来るな
視界は真っ白になった

サンドイッチ伯爵様   平野鈴子



興のおもむくままの伯爵様
サイドテーブルには
かわいらしい表情のピンクの薔薇
食卓のカトラリー

ほどよい柔らかさの食パン
マヨネーズ・粒マスタード・辛子バター
クリームチーズ・ミモレット(チーズ)
ショルダーハム・リオナソーセージ
スモークサーモン・赤キャベツ・トマト
フリルレタス・ロメインレタス・キュウリ
ピクルス(コルニッション)

色彩の美味しさ
赤キャベツのパリパリ感
舌を喜ばすかすかな酸味
サーモンのスモーキーな風味
味と香りの息遣い
自由な味のバリエーションの広がり
美味しいサンドイッチ
しかし食パンの耳がしどけなく乱雑に焼き上がり翻弄され
 切口の凸凹が落ち込むほど気にかかる
サンドイッチ伯爵様
紅茶になさいますか
珈琲になさいますか
 なぜか私が作っていた
五感が刺激されゲームはエキサイトしましたか
結果は満足満足ですって

ソファーでまどろみながらの窓明かり
ミスマッチの夢の夢

八十五歳のShall we dance?   平野鈴子



まるで六十代の若さと美貌
お洒落なカラーリングに真赤なネイル
社交ダンス・英会話・パソコン・ハープ
彼女のバイタリティーには圧倒される
車もバイクも乗る行動派
高齢者のダンスサークルを楽しんでいる
お門違いの身勝手な女性たちの言い分
 ずんぐりむっくり・口臭・加齢臭・汚臭
こんな男性は「ノン」
185㎝のダンディーな還暦前の男性に
女性たちはメロメロになる
ムーディーな美しい音楽にのってステップをふむ
心は高揚しときめきパートナーの肩先の
ぬくもり触れる手
私も私もと彼に群がる女性陣
高齢者の女性らは年の差なんて何のその
オキシトシン(幸せホルモン)のたかまりで
彼に心を奪われる
男性も女性も皆シングル

ある時から他の女性との親密な交流が発覚
トラブルとなる
「いじめてやろうか」「足ひっかけてやろうか」
「あんな女のどこがいいの」
彼に罵声を浴びせ詰め寄った
母のように接し姉のようなつもりが
彼にのめりこんでいった
思わぬ痴態が露呈
嫉妬に変貌した心
彼女はどんなシュールな青写真を夢みていたのか
人生の楽しさを謳歌していたはずが
ダンス仲間の不協和音
何年かおきに起こる高齢者間の愛のもつれ
十三年経過してもまだ骨壺がある部屋で
子供を授かれなかったうつろな目をした彼女がいた
過ぎた日に逢瀬を重ね「なまこ壁」のあの町を
肩を並べて幸せを楽しんだでしょう

つまらぬ行動はおやめなさい
子供の「おいた」と思ってあげられませんか
たしなみある女性の穏やかな立ち居ふるまいで決めませんか
この愛をバッグクロージャーで閉じますか
せめて彼にアルカイックスマイルを届けませんか

愛憎で人の言葉に耳を傾けられない
このもどかしさ

真理の脇道   加藤廣行



北風に帽子を飛ばされたのは冬の旅を途中の青年であったか
それとも久しぶりの外回りに得意先への道を急ぐ磯野波平氏であったか
今となっては暦日は捲られ放題  
      捨てられて散乱し 髪もコマも抜け落ちて
      映像は記憶のようにおぼろげだから 
継ぎはぎの技術が向上したとはいえ 
もともと形さえそれらしく整えばよしとの学術便法が横行の世間では 
ぴったり合わねば気がすまないなんて古いのである
したがってどちらでもよい
      仕事に精出すのは人民の徳であるという個別の丹精など
      法治の隆盛が見向きもしない
菩提樹のそばを通るのもたまたまならあることだよと
      おっかなびっくりを隠して
真理の権化が安らぐ姿は見るも危険と訳知り顔で
悟りを後回しにするのは若者の謙譲
年齢を重ねればこそ追いかけるのである
帽子が取られてはかなわない
隠す手立てがほかにあるか 
日々の失態を

例えば昨夜タクシーに傘を忘れてきたのは何故か
雨が止んだからだ 
降っていれば忘れるはずがないと抗弁するのは容易い
先輩気をつけてくださいと 
とってつけたように車の中から声をかけたのであった
外に出なければ雨の具合は分からないではないか 
酔っている先輩に
降っていようがおかまいなしに 大丈夫ですかなんて
言い訳に過ぎない
歩いて一分とかからない玄関までそれとなく後について
送ってさしあげるのが実だろう
まあ 近頃は言葉に代わらせるのが真理であって
傘を忘れて実を知る

省みるのが人の道なら今からでも何度でもずっと先でも
あの店を五十年でも貸し切ればよかったと悔やまれる
自宅と認定されるまで居座って 
今晩は泊まっていってください そうしてください ねえ先輩
幹事どもには分からぬ実がここにあります でしょ先輩
朝までとことん対策会議ですよ どうせ
二時間超過で不実が発効
我らの人生は一時間いくらで請求されてくる
延長模様を探っているな
店主は居座ってこちらを観察 
北風の外には出ない 
帽子は飛ばない

暮れてゆく   尾崎まこと



何の不思議もないことだけど
日が暮れてゆく
という神秘
わたしも暮れて
ついに夜に紛れる
という神秘

家々の窓の灯が
街から丘陵を駆け上がり
山裾まで駆けてゆく
食卓の祈りのような
懐かしさ

そうして
星々が大きな手によって
撒かれるころ

母や子の小さな手によって
点灯された大地は
星の仲間に連なるだろう
何の不思議もないことだけど

花の名   尾崎まこと



花の名と
女の名を
並べると 
この世は悲しくなる

 ヒヤシンス
 美咲

名はすべて
命のあとの抽象だから

 ヒナゲシ
 小夜子

名はすべて
この世に生まれた
あの世の星座