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195号 カフェ

195号 カフェ

山路   青木由弥子



厚い苔を静かに圧していく
清水が肌を伝い喉を滑り
からだの奥深いところへ落ちていく
ほんらい智はそのようにあると
教えてくれたのはあなたでした

岩肌を砕き鉱脈を探し
非力にばかりたどりついて
行方を失っていた私に
切れ込んだまなざしを合歓の花のように細めて
時おり振り返りながらあなたは
杣道を行きます

ほろほろと落ちる木漏れ日
傍らを過ぎる風の匂い
肌に臓腑に響きを受けて
舞い落ちる葉を拾い上げる

得てから尋ねて行けばいいのです
定めず美しいものに触れて行くのですよ
出逢うごとに手繰り寄せる木の実
いずれ形を成すものたち
その方が面白いでしょうと
草に座りながらスカンポの茎をかんで
折口の歌を口ずさむ

触れていいのか迷いながら
少し後ろに座りました
陽は中天を過ぎました
あなたと同じ景色を
私も見ることが出来るでしょうか

夜の   森下和真



真夜中に書き散らされた言葉が
ミミズ腫れのように
朝日の中で浮かびあがって
その掻きむしられた傷跡は
心地のいい幾筋もの線になって
紙の上で踊りながら
それが私であるかのような筆跡で
ある時は声になり
ある時は嘘になり
ある時は心になり
悲しい手となり
やわらかな足となり
古びた思い出となり
ばらまかれた文字となり
紙一枚だけの薄っぺらな場所で
好き勝手に姿を変えて
楽しそうにしているけれど
二本線で消された文字が
森の奥深くに隠された秘密のように
こちらを覗いているから
気づかないふりをして
やかんを火にかけて
お湯を沸かして
珈琲の香りを漂わせ
丁寧な朝を演出してみせて
白い朝日が全てを消してくれるのを
待っているけれど
太陽が昇るにつれて
その隠された秘密の文字は
学習された平凡な落書きになって
B5サイズの大学ノートに
嘘みたいに収まって息を潜めて
夜が来るのを待っているから
からっぽのからだを用意して
思い出が通り過ぎるのを眺めていると
耳鳴りが一本の細い線になって
夏の空を横切っていく

カラスの涙   Haruyo



台風が通った後に、バラバラになった
ちぎれた枝が、秋の落葉のようにかさなりあっている。
まだ緑がはっきりのこる、ちぎられた枝に
なたで割ったような、生々しい枝の先
時々、強い風がまだのこっていて、突くように身体を揺らす。
東京の、ど真ん中の木立が少しだけある
私の好きな通り道
早いせいか誰も手をつけていない道路に
変形したエモンかけの金具が、たくさん落ちていた。
カラスの巣がこわれたんだ
きっと、赤ちゃんカラスを守ろうと、お母さんカラスは頑張ったんだ。
その道を通り過ぎた頃、後ろで、カラスが鳴いた。
どうにもならない悲しみの、やるせない悲鳴が聞こえた。
きっとカラスの眼には、涙がたくさん
私は振り返れず、そのまま信号を渡った。
散歩の帰りは道を変えて、一呼吸。

              あらしのひきあげた朝に

いつまで   加納由将



どこに行くか
わからずに
進んできたのに
どこにもつかず
まだ
暗い林の中を さまよっている
これから 時間は ますます
早く 進み もう 夕暮れが 近づいた 風が
頬を撫でていく
焦る気持ちを 必死で 押さえ込んで
足元を 確かめながら 歩いて行く
暗くなる前に 白夜の 世界に 入り込まないと
思いつつ 一向に つながる 道は 見つからず
次第に 焦りは 大きくなるが
足は 動きにくくなってくる

秋に染まる   平野鈴子



野山を彩る千草やもみじ
秋色に染まったいま
夏の日に目配りできなかった「ガマ」
湿地に足をはこべば
茶色だった花穂は待ちくたびれて干からび
わたしを待ってくれていた

固く封じこめられていたものが少し力を加えると
穂はタンポポの綿毛が旅立つように
わが胸元に舞い飛び散り
跡形もなく消えてしまった
そんなコケティッシュな貴女が好きなのです
毎年この石垣のすきまから
淡い紫色の岩沙参(イワシャジン)が楚々と咲くのです

わたしも秋ならではの吹き寄せ仕立ての
ちらし寿司でも作りましょう
凜とした風情を醸しだす朱塗りの上連(かみつれ)の
漆の器に盛り込んで
縮緬の宝づくしの縁起ものの風呂敷で
秋の味覚を閉じ込めて
ドローンでお届けしたい
あなたの元へ



         上連漆器:秋田県湯沢市上連で作られる漆器

はかなさ ――Nさんのこと   平野鈴子



猛暑も 厳寒も 
風雨にうたれ新聞をくばる
バイクが溝に落ちたり
団地の階段を踏みはずしたりしながら
天気予報を頭にたたきこみ
何があっても届けなければならない と

わたしは当然のように届く
朝夕2回の新聞を心待ちにし
紙のあたたかさを感じていた
感謝と畏敬の念を抱いて

そんな仕事をしていたNさん
独り者で高齢のNさんには歯がなかった
酒とタバコに浸り
食生活は不能に陥っていたのではなかったか
ある寒い朝
我が家の門扉にメモを貼り熱々の味噌汁を掛けておいた
夕刊を受け取ったとき
「何年かぶりに味噌汁を食べた」
との言葉に悲しみがこみあげた

青葉がまぶしいほど美しかったとき
夕刊の作業時間になっても
Nさんは姿を現さなかったそうだ
店長が自宅へ行ってみると 
だれにも看取られないまま心筋梗塞で 
はかなく旅だってしまわれたと知らされた

新聞受けの足もとには
ヒメツルソバのピンクの花が小さいながら紅葉し
はかなげに咲いていた

時雨   川本多紀夫



にわかに 尾根から 
一陣の風が降りてきて
落葉松林のなかを
吹き抜けるとき

時雨れるような
音がきこえて
いっせいに
落ち葉が降りしきる

逆光に 無数の針葉を
きらめかせながら

ここは 人里からずいぶんと
離れた山沿い地方
地図にその名もないところ
さわだつ静けさが
いっそう林を深くする

  ……

あの時も時雨が降った
旅の途中で
亡きひとのことをおもう

遠くの山の峰の稜線を
滲ませながら
やがて
近づいてきた冷たい時雨

紅葉いろの
薄ら明かりを湿らせ
寂寥をけぶらせて

そのように遠く
むかしに秋は通りすぎた

どこかで差別があってはならない   中島(あたるしま)省吾



どこかで差別があってはならない
差別があってはならないいのち
大切ないのち、国に生きるいのち
チョコチョコちょこちょこ
ブーさんはなんのことやねん
くだらない、とため息をついた
つとむくんは
相思相愛の女の子のほかにもチョコ倒し
「虫歯になった。君のせいや。仕返しで、今夜うち泊まる?」と
つとむくんは相思相愛以外の彼女にも言いました
「くだらねー」ブーさんは
独りどん兵衛をすすりました
ブーさんはなんか
聖バレンタインが感じが悪く
道を歩くとアベックだらけで
笑顔で何も言わないんだけれども「ええやろー」と
視線のみで一人歩くブーさんに笑顔のアベック
迫害を受ける日のようでした

みんなイライラしているクリスマス、差別日   中島(あたるしま)省吾



二〇二三年一二月
みんなイライラ、今日はクリスマスの休日、とげとげしい差別の男女の日
独身者は
みんなイライラしているクリスマス
狭心症などの私もいつも通りたばこ一日一箱買いに
酒屋さんに行く途中
アベック、こんな田舎にも四組観た
犬の散歩しているおっちゃん
犬のロープなしで散歩
犬が吠えて
犬がガサッ、脚を噛んできた
脚を振り払ったら
飼い主のおっさんもイライラしている
独身だろう
「なめたら、しばくどー」
チッチ
となんだあいつ、と
後ろ姿止まって曲がるまで観ていた

いい時代   中島(あたるしま)省吾



どうなったかは知らない
パーちゃんだあ、パー、と人間飛行機のポーズをとって
百円のこづかいを手にしておやつを買いに行く
養護施設近所の自称パーちゃん
養護施設の催し物にいつもお母さんと来てた
土曜日午後、小学校が終わり、昼ごはんお母さんの手料理を食べてから
おやつを買いに行く、鼻水が固まったパーちゃん
昭和の子供だが
もう生きていないかもしれないし
清楚な大人になっているかもしれない
いい時代と言えるかもしれないが
現代では通用しない

ブーちゃんもいた
近鉄名古屋線急行で
いつも先頭の運転席の後ろ斜めの席に座り
伊勢中川ぐらいから名古屋まで乗り倒す
一日中、毎日、何度も行き返す
眼鏡が時々、曇る太った三つ編みの二〇代、三〇代ぐらいのワンマン女性
施設でみんな観たことあるという
恐縮にも、通称ブーちゃん
缶コーヒー片手に
ずっとリラックスしたように一日中、前面展望、生電車で生ゴー
どうなったのだろうか
今は五〇代か、六〇代だ
どうゆう女性になっているだろうか
無人駅ばかりになっている時代だから、監視カメラだらけの時代だから
乗り倒しには気づかれる時代だから、今では、できないかもしれない、
 注意されるかもしれない
でも、彼らにも人権を感じる
生きてて、素晴らしい
晴れろ、晴れろ、晴れろ

二〇二四・五・一九   中島(あたるしま)省吾



今日、日曜日、こども食堂のチラシ観たので
一人で行った
近所の独りもんのおっちゃんらが行くな、恥かくぞお
と、言われていたが
別のこども食堂だとして
一人で行った
大人は子供連れなら二〇〇円だ
子供連れの大人の宴会になっていた
定食、出してくれへんかった
帰ります。と私が言った
主婦がニコニコ笑っていた
出ると大爆笑の声が聞こえた
ネットで調べたら
こども食堂のこどもには
補助金が出るらしい
吐き気がしてきた
家帰って、カップラーメン食べた

ごめんなさい   加藤廣行



君の目に寄せてくる波
初めて聞いた言葉のように

君の目に寄せてくる波
静かにあふれる

ごめんなさい
今気がついた

夏のエスキュース   水崎野里子



 1

夏 光
金色の夏 
熱中症
燃ゆる夏 

遥かなる 
小さき時の
思い出は 
朝顔咲きて
蚊帳畳み 
皆で囲みし 
丸き食卓
蚊取り線香 
煙のたうつ

父もいた 
母も元気で
夏燃える
冷やしソーメン
氷屋小旗 
イチゴシロップ
氷菓嬉しく
十円玉もち
角の店に
アイスを買いに


 2

団扇で叩かん 夏の蚊音楽
団扇で扇ぐ 暑き日差しは
いつか替わりし 扇風機
エアコンクーラー
涼しかりけり

夏の神 熱中症をばらまきて
蚊トンボ飛び交い夏の夜の夢 

赤き星々
青きも 黄色も
ダイヤモンドときらめき 
混ざり 
天の河巡る
わたしの夏の日

まつろいに   下前幸一



薄闇
冷たい
を、あとずさる
もの


衣擦れ
の、
いざない

風の
吹く、
の中に
吹かれるの中に

僕たちはつねに居合わせているのです。

いる
の、葛藤

に、
途切れる
点灯する、
伝統

タングステン

暗い
夢、影の
あやつり

白熱する
タングステン

灯火管制

夕刻の
ガザ、発
行き
大本営

銃殺

僕たちはつねに居合わせているのです。

卒倒する
冬、日の
聖戦

自粛する
場の、まつろいに

僕たちはつねに居合わせているのです。

知る、の
鈍い痛み
に、

移送される
私の
身の毛が、
そよぐ

今   田中信爾



今 僕は詩が書けない
夜夢を見た
しかし 夢について
以前のように書けない
僕の中の何かが変わったのだと思う
今は俳句に集中している
それで十分なのだと思う
だけれど 時には詩も書いてみたい

大学入学のころ   田中信爾



大学に入学して
一番印象に残っている授業は
「英語」と「世界史」である
英語では
少し話すとcreativeと言われたけれど
とても恥ずかしかった
先生がなぜそんなことを言ったのか
全く分からない
「世界史」の授業はT先生だった
『イギリス農民一揆の研究』という著書がある
若くてパワフルな感じの方だった
その先生も他界された
ドイツ語は嫌いだった
大学に入学して
解放感は少しもなかった

<PHOTO POEM>いつもの野良猫ちゃんの友達なり   中島(あたるしま)省吾



平日朝の楽しみ
スーパーでちくわ買って
いつもの甘えてくる
野良猫ちゃんにちくわやってたら
急に現れた
「僕にもチョーだいよ」
オスだろうに
なんかわかる
野良猫ちゃんにも一本だけやった
良い行い
今、仏教大学の通信教育課程で
勉強してます
「人間も野良猫も同じ顔してる」
しゃべれない
差異だけで
福祉の面と政府の面とかで
隠されてる

<PHOTO POEM>女ともだち   長谷部圭子



純粋無垢で汚れなき友
時折 その高潔で清らかな精神が
私の未熟な魂を静かに傷つけた

毒を含んだ激しさで
燃える渦の中に
微笑をもって引き込もうとした友
時を経て 成熟した 私の魂は
嫌悪と憐憫に打ち震えた

どちらも
私という女を形成するのに
必要だった 女ともだち

アウトローの風   来羅ゆら



アウトローな風を切る
昨日二十五才になったニキが
自転車をこいで
病院までふたり乗り
注意を受けたことがあるから
警官の姿を見ると私は後方に飛び降りる
「ばあちゃんがこけて
 骨を折ったらどうするん」
齢の離れた相棒が笑う

メンタルクリニック
ふたりで診察室に
緊張して話さないニキ
帰り道は饒舌になる
「せいしんって治るんか」
「治るってどうなるん」
「じんせい変わるか」

どうやろなぁ

先週はお好み焼きを食べながら
母を捨てることについて話していた
溺れる母がニキにしがみつき
親子で沈む、を繰り返す
生き延びるために
母を捨ててもええねんで

若い肩先から重い吐息がもれる
欠損の深部から哀しいほどやさしい風が
吹いてくる
母と娘はそれぞれの場所で風に吹かれている

星と疾走   葉陶紅子



砕け散る 頭蓋骨をちりばめて
星座となるや たったひとりで

疾駆する 光の槍に貫かれ
死の円環が からめとっても

盲目の 賢者の石を拾ったと
差し出す少女 幼い君か

鳥骨で作った笛は 魂を
宇宙(コスモス)の先へ 飛ばすというぞ

光速で走れば 星のかけらでも
永遠の縁 きっとつかめる

鳥が飛ぶ蒼穹に オリーブ植えれば
君からからと 笑んでくれるや

星の洞(うろ) ラザロのごとく生き返り
光のごとく ただ疾駆する

肉体と鳥   葉陶紅子



わが肉は愛する人よ 屠り
饗宴に供すべし 乳房(ちぶさ)もヴァギナも

この地上は 死んだ鳥らの棲み処ゆえ
わが肉を 横たえるべき場所もなし

わが肉を喰らえば ともに鳥になり
裸線と絡み 光生(あ)れるも

地を這わず 鳥よ成層圏を貫(ぬ)き
宇宙(コスモス)に舞え 裸線となって

わが半身愛する人よ 絡みあう
裸線はいつか 別れる運命(さだめ)

半身となり 宇宙をへ巡るは
もう片われを 恋い求むゆえ

虹色の 裸線のうちに絡みきて
乳房/ヴァギナの 汁を吸わまし

いくのかな   関 中子



見上げれば谷や山があり
ある日は波が見え
寄せ来る早き淵あり
瀬あり
流れるままに流れるさざなみの
身を癒すつかの間 歌となる

波群れて 妖かしか 人を誘う
空から来て空に帰っていった遠い地上の波か

土の匂いにかがみ込み
それから空へ帰っていくのだろうか
帰り道では詩になって
地球が忘れられなくなるだろう

空の奥へ奥へと
寄せて
時をゆるく歩かせ
ほのかに 人を呼ぶ

山や谷を作る空の流れがあり
何も知らない空の奥に空は帰っていくのかな

またね
空を見上げる
土の匂いにかがみ込み
空は大地を知って帰っていく
またね
わたしは空を見上げて追おうとするのかな
大地に少し昨日を埋め 空を見上げているね
いくのかな またね

準備   𠮷田享子



あの日とつぜん息ができなくなり
救急車の中で意識を失った
そのまま死んでいれば今はない

一年がたち庭の草むしりをしたり
お米をといだり
大谷選手のホームランの数に
胸をおどらせている
パソコンに拙い詩を打っている
ここにいるのはほんとうに私なのか
境目がわからなくなるときがある
そしてハッとする

だけどやっぱり花を見る
紅茶をいれて読みかけの本をひらく
準備という意識だけがぶら下がっている

ゆっくり後ろを振り返る
結ばれたたくさんのご縁が
無数の糸ですてきな綾を織っている
その一本が欠けていても
わたしではないかもしれないと思うと
最終コーナーの準備期間は
これまでの人生のゆたかな感情でありたい

秘密   尾崎まこと



蝶よ
蜜をとっぷり吸い
花の芯より浮かび上がる
ふわり
君は 酔っぱらい

新鋭の
バイオリニスト
めくるめく旋律の
その果てに
最後の一音を弾き 
はてる

弦より
ふわり
弓を 宙に浮かべて

手練手管の
ピアニスト
めくるめく旋律の 
その果てに
最後の一音を極(き)め
はてる

鍵盤より
ふわり
指を 宙に浮かべて

われらが観客
酔っ払いの蝶たちよ
椅子より腰を宙に浮かべ拍手する
バイオリニストに
あるいはピアニストに

拍手する
手を赤くして
腰を宙に浮かべて
いのちの秘密
神の足にさわった 悦びと
羞恥のために