186号 科学と詩(ポエジー)/追悼 山本なおこ
186号 科学と詩(ポエジー)/追悼 山本なおこ
- 銃とひまわり 曽我貢誠
- 夕陽人形 近藤摩耶
- 玄関 森下和真
- ぬいぐるみ 西田彩子
- 短詩6篇 門林岩雄
- そして 魔法使いになった 白井ひかる
- 君が水面に浮かんでいた 下前幸一
- 三味線のお師匠さんとの出会い 丸山 榮
- ミミちゃん 丸山 榮
- 追いつめる 例えば「上海から来た女」 加藤廣行
- ひとつのひみつ 井上良子
- 泡 加納由将
- 私の引出し 平野鈴子
- お買い物は午後七時 平野鈴子
- ピンクリボン 平野鈴子
- 抒情詩人 殿 増田耕三
- <PHOTO POEM>花栞 長谷部圭子
- <PHOTO POEM>スズメの雛、生きてくれ 中島(あたるしま)省吾
- 子ガモにいやされる 田島廣子
- ダンゴムシさんに花束を 冬眠よりヨイショ、ヨイショ、と 中島(あたるしま)省吾
- くるしゅーない ~だから生きよう~ 中島(あたるしま)省吾
- 洗濯びより 関 中子
- いじめられた人へ いじめられている子へ 藤谷恵一郎
- 鸚鵡博士の時間論 葉陶紅子
- 青ざめた尼僧のごとく 葉陶紅子
- 朝 升田尚世
- あんこの国 笠原仙一
- ビルと体と心 佐倉圭史
- 源義経の霊と 安森ソノ子
- 私たちは数ではない 左子真由美
- 花の死 牛田丑之助
- 街の終焉 牛田丑之助
- 如何(いかん)せん 吉田定一
- 生まれる(1996) 西田 純
銃とひまわり 曽我貢誠
ヘルソン州のある村で
銃を向けてくる若い兵士に
黒いコートの女が詰め寄る
―何しているの
―どこから来たの
―ここは私の土地よ、
自分の国に帰りなさい
兵士は困った顔をする
―このひまわりの種あげる
―ポケットに入れてー
―あなたがここで死んだとき、
そこからヒマワリが咲くから
兵士はしどろもどろに立ち尽くす
この村の大地に広がる
どこまでも続くひまわり畑
だが、ここには度重なる戦(いくさ)で倒れた
夥(おびただ)しい兵士や村人が眠っている
銃はたくさんの命を奪ったというのに
ひまわりの種はこの大地に新しい命を灯(とも)す
血と涙と憎しみと悲しみを包み込んで
今年も咲いた煌(きら)めくばかりのひまわり畑
憎しみも悲しみも忘れたかのように
ひまわりはじっと太陽を見つめている
あの兵士は無事に祖国に帰ったろうか
黒いコートの女は生き延びただろうか
ひまわりはウクライナ・ロシアともに国の花
(SNS動画を見て)
夕陽人形 近藤摩耶
踏み入ると
眠りの部屋だった
しろつめ草の香りがただよい
林檎と水差しの油彩額がかかり
体がほんのり暖かく ほのかに可笑しくなり
眠りにおちた
たくさんの小さな国旗がはためき
なかぞらにごんどらが浮かび
あやつり人形が
顔も手足も 赤と青の衣服も
にすが塗られ艶やかに仕上がり
つなぎ目から針金をのぞかせ
昔住んでいた家の
壁の 落ちつくいい場所に掛けられ
夕陽のひと際あかい輝きを真っ向から受け
それがゆっくり移っていくのを
まつ毛の長い大きな瞳ですべて見ていた
ふと あの人形がべーるを被り
足が隠れる玻璃色のひだの有る衣装を着て
泳ぐようにこちらに向かってくる
何か言ってくれそうに手をさし出し
今までにない親しさ懐かしさを放ちながら
どこかおごそかな雰囲気をまとい
これは天女だ
とうとう天女に逢った
やわらかな
生き生きした心で
目が覚めるのは もっと
ずっとあとのこと
玄関 森下和真
夕方
実家の玄関をあけると
すこしよそよそしくて
すこしなれなれしい
においがする
ちいさな玄関の
わずかな明かりの下で
からっぽの靴をそろえると
空虚な音がする
部屋のドアノブを
ゆっくりと回して
そっと足をふみいれる
何十年と暮らした
見なれた部屋のはずが
台所の蛍光灯は
白々しく光って眩しい
とくにこれといった会話もなく
母親が冷蔵庫から
梅干しやマヨネーズや
あれやこれやと持ってきては
やつぎばやに説明してくるけれど
目の下あたりに何かつっかえてしまって
うまく答えられないでいるので
ひんやりとしたそれらを
すり切れたカバンに
ただ詰めこんでいく
ガラス戸の向こうから
父親の声がする
私に話しかけているようでもあり
ひとり言のようでもある
不器用な声
その声にちいさく返事をして
また食料を詰めこむ
うまくカバンに収めるために
詰めこんだ物を出しては
また入れてをくり返し
そうしてすき間を探しては
また何かを詰めていく
台所の蛍光灯が
キンキンと鳴っている
重くなったカバンを
ゆっくりと背負って
玄関へと向かう
目の端に二人の影を見ながら
靴をはいて
ありがとう
と言って
玄関を閉める
自転車のペダルをこいで
夜道を走る
ダイナモライトが激しく音をたてる
つめたい風が吹く
両親のかすかな残像が消える
ぬいぐるみ 西田彩子
スマホを開いて
ラインをタップすると
真っ先に飛び出してくる
照くん(一才三か月)の動画
今日は
よたよたよたと 五歩 足を運んで
正面を見上げ にっこり
持っていた熊のぬいぐるみを
そっと差し出した
ぬいぐるみの布地の
柔らかな感触が快いのか
明るい色調に惹かれるのか
照くんは ぬいぐるみが好きだ
「はい どおぞ」と云うように
深々と頭を下げ
ぬいぐるみを手渡そうとする仕種が
あどけなく 愛らしくて
繰り返し 繰り返し
動画を見ていたら
ふいと
先週末の テレビニュースの一シーンが
脳裏に蘇ってきた
そう
あれは
ウクライナの首都キーウの光景だった
銃を手に
荒寥とした市街地を
巡回する若い兵士たち
その若い兵士たちの足許に転がっていた
ピンクの小さなぬいぐるみ
べっとりと 泥にまみれて
短詩6篇 門林岩雄
ことば
ことばに入れ墨を
うたに活力を
空
ハクモクレンの
花の精
ひらりひらりと
青空へ
いのち
みんな生きている
木は枝を振り
草は大地にしがみつき
一生懸命生きている
砂
波は岩を嚙む
繰り返し繰り返し
岩をかむ
岩は噛まれて
砂になる
そして歌うんだ
この長い
辛い出来事を
道
ツクシ田舎の道端に
坊主頭でならばされ
行
捕まって赤鬼
梁にくくられた
それを尻目に人はゆく
(令和四年六月)
そして 魔法使いになった 白井ひかる
「どうして手は切れないの?」
わたしは母親に尋ねた
母親の手のひらにのせられた豆腐は
包丁で手際よくさいの目に切られ
火にかけられたみそ汁の鍋に
落とされた
「ん?」
こちらを振り向くこともなく
視線を鍋に向けたまま
母親は白い歯を見せ微笑んでいる
「それはね…」
わたしは固唾を呑んだ
「切れないから 切れないの」
期待外れの答えにわたしはがっかりした
母の歳をとうの昔に追い込した今
教えられたわけではないけれど
わたしもこうして
手のひらの上で豆腐を切っている
手が切れない理由は
分からずじまいだ
わたしも母と同じように
魔法使いになったのだと思う
君が水面に浮かんでいた 下前幸一
君が水面に浮かんでいた
五月
夕方の光が滲んでいた
行方の分からない不安と
過ぎてしまった後悔に
浮かんでは沈み
また沈み
また浮かび
流れ
流されて
忘れた浮き袋のような感情が
水面に浮かんでいた
そこはどこだろう
どこへ行こうとするのだろう
痛みのない流れを
ぷかり
ゆっくりと蝕まれて
君が水面に浮かんでいた
光の虫がざわざわと
影にひしめいていた
はるかな追憶の沼を
人びとの影は行き交っていた
誰も知らない
何も語らない
ただ内向きに思案する
無実の影だ
遠く
そして殺人者たちと強く結ばれて
君が水面に浮かんでいた
戒名のない五月
怖れを呑み込んで
悲しみを水に溶かして
怒りもなく
希望もなく
ただ流れに運ばれて
浮かんでは沈み
また沈み
また浮かび
朽ちて
寂れて
ふと思い出す
逃げた言葉と
風にちぎれた光景
冷たい流れの
底冷えする体温と
死にきれない鼓動
君が水面に浮かんでいた
五月
暗がりが光を侵食していた
うつ向きの背中が
ゆっくりと闇に溶けて行った
誰も知らない
何も語らない
署名も弾丸もない
一抹のスパーク
ただ一体のヒトとして
飾る言葉もなく
姿かたちも知らず
語る人もなく
北の海へ
君が水面に浮かんでいた
三味線のお師匠さんとの出会い 丸山 榮
三味線のお師匠さんが 隣に越してきて
早や 三年の月日が 流れていきました
後期高齢者となっていた 私は
なんと 三味線を習うことに したのです
偶然にもお師匠さんと私は 同い年で
いつも話に 花が咲くのでした
お師匠さんの 三味の音は
驚くほどに 深みと 温もりがあり
何時のまにやら 江戸時代の粋な世界に
ドドドド ドッと
入りこんで しまうのです
しかし粋とはほど遠い私には
三味の手元は 乱れ気味
ちん・とて・とてしゃん
きっといつかは 弾くんだと
夢を夢みる 私なのです
ミミちゃん 丸山 榮
つつじの下の 窪みの中で
ふわ ふわっと 何かがゆれて
木もれ日の射す その中で
静かに寝ている 子猫ちゃん
お昼も食べずに ぐっすりと
どんな夢を みてるのか
仲よし仲間と 顔つき合わせ
楽しくおしゃべり してるのか
昼食にと入れておいた スパちゃんが
いつの間にやら きれいに食べて
挨拶なしで 姿をけした
どこで 何して いるのやら
翌日 子猫が やってきて
ガラス戸開けた その隙間から
軽やかに 家の中へと 飛んできた
年寄二人の その中に
子猫は にっこり 仲間入り
名前は「ミミ」と つけられて
うれしいな 楽しいな
雨が降っても 風が吹いても もう大丈夫
家族の一員に なったんだもん
スキップしながら ママの後を追い廻す
何時でも 一緒 仲よしこよし
寝るのも 一緒 仲よしこよし
追いつめる 例えば「上海から来た女」 加藤廣行
あなたが殺したのは鏡の中のあたし
あなたは何もわかっていない
きれいなあたしなんていくらでもいるの
ドミノみたいに倒れるの
あなたが愛したのは愛されたあなた
あなたは何もわかっていない
あなたの中のあたしなんていくらでもいるの
破片みたいに増えてゆく
あなたが撃ち抜いたのは合せ鏡のあなた
あなたは何もわかっていない
ドアなんてひとつ開ければ
次から次からこぼれるの
愛想笑いのあたしが
弾丸(たま)の先の先まで
ひとつのひみつ 井上良子
地上の花と
夜空の星が 恋をして 生まれるの
花は蜜をため 星は瞬き射る
蝶が昼間を飛び交わす
人が地球を飛び交わす
すべてのいのちはいのちを糧にして
虫も鳥も草も魚も森も川も
小さな動物も大きな動物も
爬虫類も苔類も粘菌もバクテリアも
ウィルスも元来た道をさかのぼれば
たったひとつ
ひとつなんだってね
ひとつなんだよ
今日は立春 春に転じる315度
地球はまわりながら まわってる
あるきだしてみよう 脱皮して
泡 加納由将
東京に割れないあわが降った
混乱している交通網
重力に反発し浮遊する泡が破裂した欠片
そんな世界で泡でできた体でこわごわ触れて言葉を覚えていく
体が泡に包まれ瞬発する
磁力の歪んだ空間を流れていく
邪魔になる鉄柱に
当たって跳ね返り
風に流されていく
行き先は泡の降らない世界
油断して風に流され
じっと目をつむった
いずれ
この泡が消えて
重力が落ちついていく
それでいいのに
そうなってはくれず
今度はいつ集まるのか
集まって爆破するのか
音とモノが多すぎる世界でいつまで呼吸する
逃げ出したいと思った時その時誰かが息を吹きかけた
衝突は回避されてはいなかった
また流されていった体が泡になっていく
心地よくいつの間にか眠っていた
泡と欠片を飛び越えてどこに行くのだろう
体が泡に変わっていく
消えていく
私の引出し 平野鈴子
これは貴重品だからひそかに奥へ
粋なポチ袋・ガラスペン・インク瓶
いつも引出しをごそごそさがす
入れたはずなのにと曖昧さばかり
しばらく使わなかった手提バッグから
折れ曲がった袋の中から新券千円札が五枚
小躍りしてしまった
大きく息をととのえた
外出用のコートのポケットから四ツ折の千円札が一枚
やったね とニヤリ
色々なバッグにも手をさしこんでみる
小銭ばかり
黒のレースのエプロンにはおしろい花の種が紙に包まれて入っていた
丸い小銭入れには期限切れの五百円券が眠っていた しかたなく鋏を入れた
一日中金木犀に陣取っている庭のメジロの
つがいが口ばしについた蜂蜜とケンネ脂を
木にすりつけながらせせら笑っているようだ
フレイルとのせめぎあいの日々
大きめの湯飲の糸底をつつみこみ
唇にふれる土のやさしさで
雁ヶ音ををいただく穏やか昼下がりを一人過ごしている
フレイル:加齢により心身が疲れやすく弱った状態
お買い物は午後七時 平野鈴子
年配の男性店員が客の動きや雨のチェックをはじめた
半額シールを持ち小走りにまわりだした
時計を見ながら今か今かとイチオシを定めた時がきた
単身赴任とおぼしきビジネスマン
夕食の総菜は「天ぷら」「鯖のきずし」「野菜の炊き合わせ」
カゴの中は心得た買い物上手
仕事帰りのあけすけな若いカップル
「アトランティックサーモンの切身」
パックの中で大暴れの「車海老」
やばいやばいと大はしゃぎ
外国人男性もてなれたようすで「メロン」
「クロワッサン」「ローストビーフ」を手に入れた
神戸肉のパックを持ち「半額シールはって」とせがむ車イスの
いつものお得意さんの男性
半額でも高額商品には手をださない堅実さ
これがストレス解消しあわせホルモン充満
手堅い買物知りつくす常連客の顔また顔
レジ袋が有料になった今
小さなポリ袋を今夜もゴロゴロ音をたて大量に巻きとる買物客
ここはスーパーマーケット午後七時
ピンクリボン 平野鈴子
大学病院の予約の日
開院の運びになったので本日が最後の診療との突然の申し出
なじみの花屋にでむき開院前日にお届け依頼
乳ガンで悲しむ女性が少しでもへるよう
今まで以上女性たちの為にご尽力願いたい
健康でご活躍を
片隅にでも飾って頂ければの
メッセージカードもしのばせた
一週間たっても様子がつかめない
不安は頂点に達し
花屋に足をはこんでみた
淡い色のアンスリュームの最高の大鉢が入荷したので
ピンクリボンでラッピングし丁重にお届け済みとのこと
確認することはもはやない
粗忽者(そこつもの)のえらんだ花は
お気に召さなかったのであろう
一ヶ月後百貨店からカタログ冊子が届く
八年間の感謝のこころを送った花は
多忙のためと
タイムラグと割引いたとしても
かりそめのあだ花となってしまったのか
心もとなくなるばかり
ピンクリボン:乳ガンの早期発見・早期診断・早期治療の
重要性を伝えるシンボルマーク
抒情詩人 殿 増田耕三
――あんたみたいな、人の気持ちも分からん
朴念仁が、抒情詩人だなんて笑わせないでよ。
争いごとになったとき
妻はよく、そう言ってなじった
自称、「抒情詩人」の私には返す言葉がなかった
人の気持ちが分からないなんて
思ってもみなかったし
自分なりに分かっているつもりだったから
そのたびに、相当堪えたというのが本音である
でも、そんなときには
何を言っても無駄なのである
相手の思っていることが
全てであるとしか、言いようがないのだから
自称、「抒情詩人」殿 は
よちよち歩きを覚えはじめた幼子のように
拙くその場に、
立ち尽くすしかなかった
<PHOTO POEM>花栞 長谷部圭子
あの日 手折った 小さな花
色褪せた ピンク色の花弁
かすかに残る 瑞々しさ
少女時代の追憶
本の狭間でひっそりと
可憐な栞は 閉じこめる
あの日 あの時の 激情を
<PHOTO POEM>スズメの雛、生きてくれ 中島(あたるしま)省吾
スズメの雛保護してるけど
粟玉
水でふやかしています
カラスがベランダで不自然だったのです
はぐれたスズメの雛がいました
下に落ちると野良猫の集団
どっちにしろカラスの提供もん
クーラーの部屋で死んでもどっちみち
宿業とやらで
雛の時期にやられる
○される
元人間かもしれない
カラス追い出した
下に落ちかけた
野良猫の集団がいる
カラスもはぐれを狙っている
私でせき止められたらいい
子ガモにいやされる 田島廣子
カモの姿が 見えないねー
渡り鳥だから 飛んで行ったのかも・・・
平等橋は アロエの花がいっぱい咲いている
カモが子ガモを連れてきた
十一羽 わあーうれしいなあ
えさがあるから住みついたのでしょう
と、おじいさんは話しかけてきた
親鳥が二羽 見張り役 子守り役だ
一番美味しいパン屋のパンを切って投げる
子ガモは一目散に泳いでくる
ぱくっ ぱくっと飲み込み 泳ぎまわる
中学生の男の子もしゃがんでカモを見ている
カートの九十四歳のばあちゃんものぞき込む
犬の散歩の姉ちゃんはスマホで写真を撮る
川の草花に子ガモは隠れたりする
その上を 白い蝶がいつも飛んでいる
十一羽 いますな
おじいさんは 安心して帰って行った
ダンゴムシさんに花束を 冬眠よりヨイショ、ヨイショ、と 中島(あたるしま)省吾
ダンゴムシさんは春になって
真言宗のお地蔵さまの石の隙間から
ヨイショ、ヨイショと出てきました
アリさんともすれ違いざまに
食べるどころか、花束を渡しました
一瞬、クロースして「みんな虫けらの仲間だね」と
こんにちわと花束を渡します
春の晴れた陽気にヨイショ、ヨイショ、と冬眠から出てきました
キリスト教会除名になって
年中苦しんで、信用なくしているヤスオくんは
いたずらで、頭が混乱して、タバコの火で焼くどころか
ヨイショ、ヨイショと
ヤスオくんは助けたい気持ちで花束を渡したくなりました
人間根本主義の
正統派の
教会員の
クリスチャンの
壮年Sには
この潤しみが分からず、神の失敗物だと言いました
人間のどろどろとした悩みや苦しみを知らないような
ダンゴムシさんは、春の陽気に、同じ虫けら仲間のアリさんから花束を渡されて
ヨイショ、ヨイショ、と春の第一号目に
花束を渡されたダンゴムシさんはヨイショ、ヨイショ、と
くるしゅーない ~だから生きよう~ 中島(あたるしま)省吾
くるしゅーない
くるしゅーない
養護施設出身者の日根野谷さんも道で倒れて
もうすぐ終わりだから
だから生きよう
だから生きよう
言いたいこと本で書いてても
除名になった超教派の正統派のキリスト教会員などなにくそーと反対派は悲しむので
社会に嬉しいとかは言わない
流されるように生きています
くるしゅーない
くるしゅーない
社会に出ると
見えることは格差人生
女の取り合い、戦争
そして、シャッター店舗、廃墟工場、自殺
日根野谷さんも道で倒れて
もうすぐ終わりだから
人間最後死ぬので
救急車も身元引受人がいないので
お断りされて困っています
病院もクリスチャンの独身入院女性が嫌がっているから
薬もらってる病院では入院拒否で
そして、他の病院は「薬もらってる病院に行け」です
そんな日根野谷さんだからあっさりと急にバッテンの日が来るかもしれません
だから生きよう
だから生きよう
*『入所待ち』(澪標)あとがきより
洗濯びより 関 中子
空は
人より大きく
見えないあぐらをかき
ゆうゆう青く座った
おやじ座りなんかすんな
友が言う 格好悪いと言う
見上げれば風歌う
少雨の洗濯 吹き流す
どこへ行こうがお構いなし
引き戻すのはへの河童 時に
逆さに引っ張りだしたなら
目が詰んだ洗濯物を
巻き運ぶ
山の斜面の家々は
他人の空似 空を狩り
みんな一気に建ったので
フワッフワッと舞い上がり
山また山は小さく青く立ち上がり
軽く大きく家々は蕾が揺れるかに見え
家ごと干される大宴会
向かいの谷に人が住むのを眼にとどめ
空の手品はものにできなくとも
洗濯物は干しましょう
仄かに甘い香りする
きのうの正夢
畳みましょう
日暮れなんぞはなさそうな
燃えることなど誰の胸にある
空の大きな図体をはかることなく
星に眼がある夜明けから
風は雲のさおを解き
空を大きくまたいでいく
空に昇った洗濯物は白くほんわか乾いてく
端から順にすがたを離れ 空から消えて
洗濯びよりはまばゆくて
いじめられた人へ いじめられている子へ 藤谷恵一郎
いじめられる人には
特別に深い才能があるのではないでしょうか
その才能がいじめられているのです
世に出るまでは
どうか生きていてください
どうか自分の身を守ってください
どうか乗り越えてください
今乗り越えられなくても
六〇歳になっても七〇歳になっても乗り越えることは
すばらしいことに違いありません
見えなかった世界があなたの心に翼を広げるでしょう
あなただけにではなく
社会にとって
地球にとって
人間にとって
未来にとって
それはすばらしいことなのです
今硬直していても 撓(たわ)められていても
土を被せられていても
あなたの才能は
未来への
永遠への
愛への才能なのです
どうか生きていてください
どうか自分の身を守っていてください
鸚鵡博士の時間論 葉陶紅子
博学の鸚鵡 毎朝謂うことにゃ
世界の終わりが まいりました
樹の時間/雲の時間に 鉱物の
時間かければ 蝉の時間
海の時間/地殻の時間に 潮騒の
時間かければ 貝の時間
果実の時間/空の時間に あんたとの
時間かければ 鸚鵡の時間
形象は流体となり 波と消え
素粒子となり 永遠になる
素粒子は波となり 流体となり
形象となり 華やぎとなる
物知りの鸚鵡の口説 真に受けて
ひと日を永遠(とわ)と 思い過ごしぬ
青ざめた尼僧のごとく 葉陶紅子
青ざめた尼僧のごとく 彳(た)ちすくむ
開け放たれた 白き時間に
銀髪を 潤んだ薔薇の匂いさせ
吹き入る風に ゆるくなびかせ
上唇のキューピッドの弓 裂けおれど
姿よき背(せな) 品(しな)よき目もと
匂い立つ黒衣の下は なめらかな
裸線が描く 全き世界
志篤き男(お)の子は 軍医たり
キューピッドの弓 創り治しぬ
限りなく死に近づくに 不可欠の
全きかたち 尼僧を充たす
商人となりし男の子は 死する時
上唇の笑み 尼僧たりしと
朝 升田尚世
朝が来る
ここに入ってどれほどだろう?
気づけば泣き叫んでいたせいで
瞳はすっかり濡れそぼって
ぼんやりかすんで歪むのだ
コンクリートの白い部屋は
南の壁が十五センチ四方の
分厚いガラスで埋め尽くされているから
外は揺すれる空だけだ
深海に似た水槽の底で
魚の眼で見上げた太陽が
一日かけてゆっくりとガラスを移動する
簡易トイレとマットレスと
プラスチック製のコップ
そしてサングラス
午前十時には
太陽が
じりじりと肌を焼き
ふたつの瞳を深く射るので
南のガラスがまぶしい午後になると
炙るような陽射しを逃れて坐った
東隣の部屋から
ダーンダーンと強い響きが伝わってくる
おうおうと怒鳴りながら呻きながら
男が激しく壁を打つのだ
つられて立膝で叫び
ダーンダーンと叩き返す
世界が壊れても
崩れた壁に生き埋めになってもかまわない
見知らぬ男と無茶苦茶に
盛夏の太陽に挑みかかった
夕方
部屋は薄暗くなり
やがて灯りのない夜が来る
闇が訪れる前に西の壁を指でつたう
そこに長い詩が書かれている
以前ここにいた患者だろう
「真理子」と署名がある
こっそり持ち込んだのか
濃い鉛筆の小さな文字が
訳せないフレーズを刻む
意味なんてない
読者だっていないのだ
自分のためだけに
自分のほかに宛てもない場所で
「真理子」は詩を書いた
いくつもの朝のあと
脱出をあきらめて
おとなしく過ごす午後
遠くから一通の手紙が届いた
美しい詩が書かれている
――「水面に浮かぶ果実のように」
田中宏輔――*
マットレスの横に貼って
夕暮れまで読んだ
夜の闇になぞった
声はすでに嗄れていた
晩夏の朝がやって来た
突然 知った
その日
わたしは部屋を出るのだと
マットレスの横の便箋を
丁寧に爪ではがして封筒に入れる
万年筆の宛て先はわたしの名前だ
手紙をたずさえて息を吸う
朝の陽射しを背に
解錠された鉄扉を押す
新しく歌うため
声の呼ぶほうへ歩き出した
*「ユリイカ」1991年1月号掲載
あんこの国 笠原仙一
おいしゅうなれ
おいしゅうなれ
あんこの声を聞け
あんこの声を聞け
この国を愛する政治家なら
本当に日本を愛する人なら
あんこの声を聞け
あんこの声を聞け
己の野心や見栄や体裁
欲望を抑えて 心澄まして
あんこの声を聞け
あんこの声を聞け
きっと
あんこが力を合わせれば
良い国が生れる
再生する
あんこがおいしゅうなったら
みんなで食べれば良いのだ
ニコニコと
あんこが
幸せになったら 自分もおいしゅうなれるのだ
覚悟して
勇気をふるい起こして
日本国憲法のこころで
おいしいあんこの国を作ろう
アメリカにも中国にも
ロシアにも屈せず
あんこの国独自の全方位外交で
世界においしいあんこを食べてもらおう
おいしい国になれ
本当のおいしい国になれ
みんなで働き
みんなで助け合い
みんなで
おいしいあんこの国を作ろう
ビルと体と心 佐倉圭史
「ちっぽけなひとりの人間」
そういう自分の認識に飽きて
オフィスビルに寄り掛かり、ほぼ立った姿勢のまま
―十分ぐらい眠ってしまった―
体は疲労というものを纏い
心は自恣を纏い
*
疲れは酷く、体がオフィスビルの一部になったかと
思えるぐらい麻痺して
自恣を纏った心はこう叫んだ
「私は巨大だ」
源義経の霊と 安森ソノ子
鞍馬寺の石段は背後
山中から遮那王と呼ばれていた義経の声 届き
わが手に 刀 槍
「さあ 武術の稽古を致そうと」
鞍馬山の山続きは 先祖からの地
「地元へおこしやした牛若丸様
大歓迎ですぞ
一緒に修行 勉強できるのは 何よりの事」
七歳の日より預けられた鞍馬寺で
寺院での仏門の道を行く事を期待されたが
十一歳で 知ってしまった 出自を!
「我 源義朝の子である事実を」
それからは 父義朝の遺志を継ごうと決心した
昼は『六韜』や『三略』など軍書を読み続け
夜は鞍馬山山中の奥の院僧正ケ谷で 兵法を学んだ
十七歳で鞍馬山 幼い頃育った京の地を後にし
東北の藤原秀衡のもとへ旅立つ
父親のように受け入れてくれた秀衡のもとで
過ごしていても 兄頼朝の挙兵を知って
鎌倉の兄の志のもと 戦場へ
京都の北方 連なる同じ山系の中で
もの想った貴殿と後世の私
仰ぎ敬愛するという以前に
出会う運命であった 私は今 其方の霊と共に居る
舞う私は 義経の心を推しはかりながら
後の源平合戦での勝利 苦しみ
東北の地での最期
貴血流のほとばしりは 今わが身に向かう
『義経記』 『吾妻鏡』 は厳として胸の底に
――過去の人ではない この眼光――
私たちは数ではない 左子真由美
私たちは数ではない
ひとりひとりの人間なのだ
兵隊七千人死亡と
数で言わないでほしい
みんなひとりひとりの人間なのだ
みんな父も母もいて
兄弟がいて友だちもいて
奥さんがいて子どもがいて
恋人がいて
みんな名前をもった
ひとりひとりの人間なのだ
通った学校があって
住み慣れた町があって
みんな大切な家族がいる
ひとりひとりの人間なのだ
爆弾で死んだのは
七百名と言わないでほしい
ウクライナで死んだのは
小麦を育てるゼルマ
町の市場で働くユーリ
美術学校の生徒トライアン
向こう見ずで勇敢なグリゴーレ
そして母親似の優しいデビッド
泣き虫の子どもだったコルネリウ
いつも太陽のように明るいソリン
森の守り手ミハイ
女の子の人気者アレクサンドル
敬虔な神父アンドレイ
平和を何より愛するミルチア
が死んだのだ
ウクライナでも日本でも
パレスチナでもシリアでも
スーダンでもマリでも
ミャンマーでもアフガニスタンでも
死んだのはみんな
名前のある地球の子どもたち
まだ若い少年兵ペドロ
男たちに混じって戦った娘マリア
歩いていて撃たれた老人アブラハム
赤ちゃんを守って死んだエバ
国を思う勇敢な兵隊イスマエル
防空壕のなかで飢えて死んだ老婆サラ
断じて数ではない
ひとりひとりのたったひとつの
かけがえのない命なのだ
人類の長い歴史の
記憶の幹にしっかりと刻んでほしい
流れ去る時間のなかに
埋もれさせてはいけない
世界のどこにも
あなたの代わりはいないのだから
戦いで誰も笑顔にはならない
戦いで誰も幸せにはならない
花の死 牛田丑之助
花は急には死なない
徐々に死ぬ
そう教えてくれたあなたも
徐々に死ぬ
花弁が古い詩集を分解するように
法則があるとすれば
辞書を引きながら
北風を読むしかなく
あなたの青黒くくぼんだ頬は
流れゆく暦に耐えている
いつの日か小さく萎んだ性器から
希望の粘液が出ても
いずれは死んでゆく
花ならば輝きの一瞬を持つが
あなたはその痛みさえ知らない
それは駱駝にもわからない
ただ私は徐々に死ぬ花の前で
産道の途中で学んだ讃美歌を
掠れた裏声で歌い続ける
街の終焉 牛田丑之助
ダリは時計を溶かし
僕の眼を溶かす
独り芝居が明けて 沈黙の並木を歩けば
僕を去った恋人が大樹の陰に隠れている
いるのは分かっているが 声はかけない
すべては始まり すべては終わっているからだ
なのでこの街は 死んだもので満ちている
ワァグナァの五番 校門で笑いさざめく女子高生
二十三時七分発の団地行きバス 交尾中の犬
行方不明のウィスキー樽のように
密かに息を殺し やがて絶えていく
僕は溶けた眼で君の影を追う
しかし影さえももう溶けていて
静謐の死に満ちている
二度とこの街に来ることはあるまい
遠い遠い異国の安ホテルのテーブルで
絵葉書を書いたとしても
来ることは
決して
如何(いかん)せん 吉田定一
如何せんと 思えども
素材を生かし生かされて 珍味となる
烏賊(いか)の 腑(はらわた) 耳(エンペラ) 足(げそ) を手にして
かつて漁師(ひと)は 如何せんと思っただろう
しかし それらを 生かし生かされて
粗食にはよい 烏賊の塩辛となる
これさえあれば 今日の一食の食卓を
心おきなく 過ごせるというもの……
軟骨も コリコリした感触に味わいがある
知る人は知る 烏賊には無駄がない と
(ひともまた 同じだ――)
嫌な性格だ 子どもっぽいと ひとに
そっぽを向かれ 如何せんと思ったその想いを
生かし生かされて ひとはひととなる
他者の想いに 生き始めるひととなる
ああ 俺はいまも 如何せんと悩みつつも
苦悩を友にして 生き抜いていければ‥‥
烏賊の塩辛のような 珍味ある
人間としての味が 備わってくるだろうか
(だが如何せん 思いは想い‥‥)
ああ 何処からか 毎夜 胸底に
にこりと哀しみが 迷い忍び込んでくる
生まれる(1996) 西田 純
太古から 無数のいのちを くぐり抜け
再生される 自分の記憶
どれだけの 人の記憶が ぼくの中に
組み合わさって 生き続けるのか
どうしても 笑ってしまう 目も口も
自分の外から 生まれ出るのか
安産のお守りを ぼくが買うなんて
これから いのちは 三人のもの
道を急ぐ 買い物袋が重たくて
獲物を運ぶ 太古のぼくも
生まれ出る まだ見ぬおまえがうかびあがる
こころとひびきを 名まえにうつして
ぼくから出て ぼくのものではないいのち
育て 日ごとに ほのかに大きく