178号 心に残る映画(シネマ)
178号 心に残る映画(シネマ)
- 零(ゼロ)地点まで Zero magnetic field 平岡けいこ
- 濁りのなか 谷元益男
- 枕 徳丸邦子
- さくらラプソディ ささきひろし
- 幽霊病 吉田義昭
- 小詩篇「花屑」その17 梶谷忠大
- 嫌い 根本昌幸
- 少年の【夏】 高丸もと子
- パンとバター 藤谷恵一郎
- 官僚必修二文字熟語 斗沢テルオ
- <PHOTO POEM>地球のベンチ 長谷部圭子
- <PHOTO POEM>駒(コマ) 尾崎まこと
- コロナウィルス 牛島富美二
- 或る理科室の① ハラキン
- 或る理科室の② ハラキン
- 一軒の住宅をこそ ハラキン
- 何十体もの ハラキン
- 詩人と呼ばれて ハラキン
- とある古寺で ハラキン
- 柱のてっぺんを ハラキン
- 空手チョップは ハラキン
- 春が 笠原仙一
- いつものように 笠原仙一
- 夏の終わりのえらいこっちゃ 平野鈴子
- 銀座のヤナギ 平野鈴子
- 今日の寂しさは 来羅ゆら
- 老夫婦の会話 ―ソーシャルディスタンス― 来羅ゆら
- 邪宗門秘聞 葉陶紅子
- 神の手 葉陶紅子
- 宿題 吉田定一
- 愛しくおくる波のうえ 関 中子
- 振りまわされている日常 中西 衛
- 二〇二〇年四月二十四日。 中島(あたるしま)省吾
- 小学生 中島(あたるしま)省吾
- 川に 加納由将
- しそのにおい 山本なおこ
- 薄明りの朝に 下前幸一
- 輝く野原を 阪南太郎
- 吾亦紅(われもこう) 左子真由美
零地点まで Zero magnetic field 平岡けいこ
あの賑わいはどこへ消えたのだろう
全ては遠い日の夢なのだ
もはや、街ではない
人が集(つど)わないのなら
様々な都市で交錯する人と人
僕たちはつりあい条件式に基づき
限りなく零(ゼロ)に近づく
数式は美しい魔法だから
全てを浄化してしまう
色のない雨のように
なかったかのような日々
色彩のない日常
新しい価値観を
押し付けるように手渡されても
暗い重みに傾いてしまう
雨が、雨が降っている
大地を諭すように
ささやかな日常も
唐突に消え去ることを
きみを失った日
雨が、雨が降っていた
僕たちはつりあい条件式に基づき
寄りかかり抱(いだ)きあい、時に反発し
長い歳月を
張り詰めるように立っていたから
もはや、崩れるしかない
人を失った街は無機質に冷えている
内側に錆を隠して不格好に歪(ゆが)んでゆく
崩れ落ちる前に、走れ
見たこともない明日まで
なかったような昨日を捨て
限りなく零(ゼロ)に近づく為に
走れ 力の限り
永遠の帰途へ
つりあい条件式 構造物が静止するためには、水平方向、垂直方向、
モーメントの3つの力を0にする必要がある。
濁りのなか 谷元益男
ひと晩で水嵩が増し
あなたは 草刈り機を
背負ったまま 流れていった
どの時点で
あなたは
あなたを見失ったのか
茶色く濁った水は
容赦なく眼やのどを竹筒のように襲った
あれから数年が経ち
川は
穏やかに流れ
石は丸く
両岸に座っている
あなたが
腰をすえた石のように
ひとところが温かくなっている
ちいさな いきものが
石の陰に見え隠れする
あなたが流した涙の
影のように
現われては消えていく
水には
溶けない一瞬の声が
澱みに向かって泳ぎはじめる
あなたが
水の枝を握ろうとして
のばした手が
ぼくの手のなかにあり
いま
しずかに
かさなる
枕 徳丸邦子
あんたは枕をおいて出て行った
新し女とは
新しい枕がいいって訳ね
枕は真ん中が
あんたの頭の形にへこみ
もう あんたの体の一部よね
枕はあんたを追って出て行った
ジャワリジャワリと泣きながら歩くので
人は何事かと振り返るけど
枕は自分の男にしか目がないから
人日も憚らず ますますジャワリザワザワ
律儀にもわき目もふらずといった按配
枕が慕ってきた気持ちを
あんたが忖度するかどうか
それよりも
新しい女が
男臭い枕を受け入れるかどうか
それも またそれ
ひと悶着の気配
さくらラプソディ ささきひろし
おだやかな陽ざし
わきでる雲
流れる見沼用水路
さくらのつぼみがふくらんでいる
さくらのつぼみが春をまっている
もうすぐ さくらの花が咲く
見沼の桜回廊*の さくらが
やわらかな春の陽ざしにつつまれ
さくらは ひかりかがやく
太古の昔から
咲き続けてきた 日本のさくら
明治 大正 昭和 平成 令和と
不幸な戦争にも 大震災 地震にも
めげずに さくらは 咲いた
なにもない時代
さくらを見るだけで 老いも若きも
みんな豊かな気持ちになった
それが日本のさくら
いつしか 日本から 世界のさくらへ
ロンドン パリ ニューヨーク ワシントン
バンクーバー トロント ストックホルム
イスタンブール 武漢 台湾 ソウル
世界の春を さくらが彩る
人類の誇りとなる
日本生まれの さくら
未来に向かい 咲けよ かがやけ
世界の希望の花となれ
*見沼桜回廊は日本一、つまり世界一となる
幽霊病 吉田義昭
思い出せないことがある
昨日の新月の大きさ
昨日 涙を流して読んだ書物
公園の新芽が生えた木の枝で
暮れた空を見ていた鳥の名前
思い出そうとして思い出せないまま
こんな風に日々を過ごしている
私の愛おしい生き方といじらしさ
昨日は妻に
急に影が薄くなったと言われたのだ
昨日の葬式では泣けなかった悲しみ
思い出を語ろうとしても思い出せず
懐かしい遺影の顔も
昨日会った友の顔も忘れた
私の顔は忘れないようにしたいと
光が乱反射した鏡に映しても
亡霊のように遠く霞んでいった
髪は薄く目は虚ろ
頬はこけ青白く
まるで病気の幽霊のようなのだ
公園の景色が遠くに去っていく
日々が枯葉のように積み重なり
木立の間の太陽の下にいても
地面に映る私の影だけが色が薄く
微かに輪郭までぼやけていた
身体のどこか
どこかの部分から
私が消えかかっているようで
今日の次に昨日がやって来たり
なぜ私より先に老けたのと妻の独り言
いつも周りの人から
私が生きているかどうか
確かめられている目つきで見られた
変わり果てた私の姿に
妻に本当に私なのかと尋ねられた
語りかけられる言葉に笑顔で返し
私のどの部分を見られているかと怯え
見つめられた顔から消えていきそうで
私以外の誰もが
暮れなずむ空に輝く幽霊に見えた
私が幽霊になったのかもしれない
小詩篇「花屑」その17 梶谷忠大
花あざみ
ひと、とり、けもの
呼吸器をもつものらの逆境を知らぬげに
花卉植物たちが、いのちを謳歌している
夏草を刈り払い、幼いあざみを残した
こちらの幼あざみも
そちらの幼あざみも
あちらの幼あざみも
ぐんぐん丈を伸ばして
とげとげの葉をつぎつぎと出し
クラフトのように花茎をひろげ
いくつもいくつもあざみの花をつけた
うすむらさきの花々が大正メロディを合唱した
やがて、あの花この花と崩れはじめ
花絮を風にゆだねてゆく
いま、朝な夕な
ねむの花が、飛び立つ風情を漂わせている
心 音 梶谷予人
弓始め先づ眼光の的を射る
児ら去んで遊具濡れゐる春の雨
心音を空へ響かせチューリップ
麒麟がくる見終へわが町時雨れけり
パンデミックあつけらかんと白木蓮
パンデミック行方も知らに花は葉に
嫌い 根本昌幸
と 言われた。
好きなひとに。
あんなに好きだったひとに。
どうしたらいいのだ。
山を見る。
川を見る。
空を見る。
空は曇っている。
山は霧で見えない。
川はキラキラ光ってはいない。
なにもかもがだめだ。
あの一言が
こんなに体に響くものなのか。
驚いたよ。
なににも驚いたことのない僕が
こんなになるなんて。
もう一度聞いてみる。
好きですか?
いいえ嫌いです。
嫌いの反対なんですか?
好き
なんです。
好きですよ。
僕はくらくらとして
目の前が真っ暗になって
その場で気を失ってしまったのだ。
少年の【夏】 高丸もと子
キャンプファイヤー
昼間の空が
夕焼けの方に掃かれていくと
遠くの山は舞台の影絵
ヒグラシが鳴いている
点火の合図は一番星
焚き木がはじけて火の粉が舞い上がる
歓声が闇に消えては
また笑い声になって戻ってくる
いよいよフォークダンス
あの子が回ってきますように
止まるな 止まるな! 曲 止まるな
影がぼくよりドキドキしてる
今日の一番星を心に充電しておきます
フラッシュを焚けばいつでも写せるように
山頂で
ダウン寸前で到着
水を飲む
冷たい青空が
体の中を抜けていく
新緑の風になって腹這いになる
鼓動がする
地球の鼓動だ
ぼくはでっかい山を抱いてるぞ
おっ
テントウムシが上ってきた
風が吹くとストップ
ぼくの腕でロッククライミングかい
おーい
友達も登ってくるぞ
水泳
虹のシャワーをくぐって
夏一番の魚たちが
次々と
プールサイドにやってくる
体についたシャワーのかけらは
金の鱗
ピチピチ光って
飛び込みの合図を待っている
プールの水面も
青い空をピーンと張って
朝早くから
子どもたちを待っていた
夏一番の魚たち
さあ空を破って飛び込め!
赤い大きな星
よく肥えたおばさんがテレビ画面でインタビューに答えていた
ええ この場所よ ちょうど犬の散歩の帰りよ
夕方になってもまだムンムンとしてとても暑かったわ
東の空の方に赤くて大きな星が輝いていたの
だんだんこちらに向かってくるようでそれを見ていると不思議な気持ちになって
なんというか自分が軽くなり
冷たく燃えていくような
透明になっていくような
ルーシー ルーシー
あなたが30数億年前に失くした物を届けにきました
気がつくと犬が紙袋を加えていたの
すぐに警察に届けたわ
その中には億ドル相当の株券とオパールの宝石が入っていたの
落とし主も現れず結局わたしの失くし物ということになったわ
科学者は解く
その日 火星は5759万キロメートルにまで近づいていたのです
15年ぶりの大接近の日でした
宇宙は壮大で時空を超えた瞬間移動の奇跡がないとは言い切れません
宇宙は人間の思考をはるかに超えているのです
30億年前 火星には水がありました
火星マリネリス峡谷付近には10パーセントの水分を含むオパールが存在しています
火星のオパールの渓谷とルーシーさんのオパールが同時に拡大されていた
火星に行くには片道切符しかなく応募は18才以上とある
ぼくはまだ12才だ
パンとバター 藤谷恵一郎
パンとバターを買って
悲しみをそっと置いてゆこうとする
家に帰ると
レジ袋の底に
悲しみがいる
―私はあなたの悲しみよ
官僚必修二文字熟語 斗沢テルオ
魑魅魍魎な二文字熟語が
霞が関を闊歩している
忖度=真っ先に察してほしいのは国民の暮し
齟齬=総理の言行不一致のときに使う
隠蔽=頭隠して尻尾切るの意
極めつけは「改竄」
新聞表記では改ざん
何で竄を平仮名にしたか思うに十八画だから
手書きでは
容易に書けない書きたくない面倒な画数
だがこれからの公文書管理は
二文字熟語「改竄」の手書きチェックから
国家公務員には筆記必修
どうだったっけ? 書き順書き順?
時間かけて思い起こそうとしても
その意味までは考えない
手書きでは
書きづらい書きたくない ふた文字で二十五画
PCはワンクリックでポンと表記
敢えて画数多くした作字者には誤算だったか
ワンクリック攻撃できる近代戦争の兵士は
アナログ攻撃を躊躇(ためら)う――
さらにこの五月
新たな二文字熟語が加わった
「訓告」
これは簡単だ すぐ書ける
訓は十画ふた文字でも十七画
これさえ覚えておけば
ふた文字で二十五画の「懲戒」とか
ふた文字で二十六画の「免職」なんて文字は
官僚の辞書に必要ないってもんだ
2020年5月22日 怒髪天の日
<PHOTO POEM>地球のベンチ 長谷部圭子
駅の片隅
ホームに根を下ろした地球のベンチ
人の世の
喜びや 怒り
哀しみや楽しみ
己の内に飲み込んで
ゆりかごのように 揺れている
会社に自我を置いてきたビジネスマン
恋の苦味を知った女学生
幼子を腕に抱き 黙して休む母親
地球のベンチは 母なる大地
人の情に寄り添って 何人をもただ慈しむ
<PHOTO POEM>駒(コマ) 尾崎まこと
チェスだか将棋だか何だか知らない
確かなことは
大きすぎて姿は見えないが
僕をこの位置に置いたやつがいる
首根っこ抓ままれるのは
名前が駒だから仕方がない
ただ わからぬ法則のままに
コマを進められることには我慢ができない
ほらっ
僕の身体がふわっと持ち上がった
雲の方へ
神様、これはなんという一手?
王手だよ!
と、声がしたかどうか
コロナウィルス 牛島富美二
(一)
ヒト対ウィルス
科学対原生新型
センチメートル対数百ナノメートル以下
―春暁や浅き夢見て飛び起きぬ―
(二)
専門医師にも終息先見えず
庶民の生活はコンビニからは離れられない
恋人たちは寝もやれぬ
―握手不可対面も不可キスなどは勿論論外―手洗い・嗽(うがい)―
(三)
世界の死者七万人超
緊急事態宣言―三密の書き取り問題
蜂も蜜を吸えない春爛漫
―かくまでの事態宣言八十翁(やそおう)としては未曽有事(みぞうじ)死選択も可―
(四)
新聞見出し―世界の死者二〇万人超
官房長官談話―国の死者七割は男性
妻―男と同時に生まれても女は七年長生きするんだって
―同齢の妻の話や春闌けて―
(五)
啓蟄(けいちつ)の日は過ぎ去り人は蟄居(ちっきょ)生活
「蟄」は虫が籠ることだが
ヒトが這い出る「啓蟄」の日を設けたい
―啓蟄や人は外出自粛する―
(六)
人が人との接触が出来ない日々―テレワークとか…
宅配の配達員も一・八メートルを保つ捺印
家内もまた一間(いっけん)離れて荷物を投げてよこす
―啓蟄も妻の密接離(ばな)れかな―
或る理科室の① ハラキン
或る理科室の人体標本が解放されて 街にとび出した。
人体のすべてが見えるので みんなおもしろがった。原
始に四足歩行をやめて二足歩行にしようと。前足で歩く
と逆立ちすることになってしまうから 後ろ足で歩くし
かない。すると長い間に進化して 後ろ足が長く伸びて
しまい 腰痛になりやすいからというので四足歩行に戻
ろうとしても 膝が地面に着いて走れない。
標本の肩の腱板に目がいって 自分が腱板断裂のまま
生きていることを思い出した。腰痛ならびに坐骨神経痛
で 腱板手術が延期ないし保留になりおよそ三か月経っ
ている。本来はリハビリに通わなきゃならないが 新型
コロナウィルスのせいで 人間の密閉 密集 密接が感
染しやすいというので病院に行けない。
こんどは向こうから 違う理科室の人体標本が歩いて
きた。「いやあれは人体標本ではない」。
闇夜 或る博物館の鬼のはく製が解放されて 街にと
び出した。「いやあれははく製ではない」。 あ また一
体。次は三体。次から次へと。忽ち百鬼夜行となった。
或る理科室の② ハラキン
或る理科室の人体標本が解放されて 街にとび出した。
子どもたち 学生たちが彼をとり囲んで 人体教室がは
じまった。「人間のからだは何のためにある?」「実はま
だわかっていないのです」「人にはなぜしっぽがない?」
「二足歩行をはじめたので しっぽで木につかまる必要
がなくなったからです」。
人体標本は素っ裸だからか 二足歩行が露わになる。
なぜ二足歩行に踏みきったのか。そこには共同(共有?)
幻想も絡めて深い魂胆があったのだろう。やがて前足で
はなく「腕」「手」を完成させるために 上肢と下肢と
の分業を進めた。それを可能にしたのが「この肩関節な
のです」。
肩関節とか腱板とか棘上筋とか小円筋とか 平面の印
刷物で勉強をはじめてもすぐにこんがらがってしまう。
特定部位が行方不明になる。立体の しかも関節が動く
人体標本なら 上から下から 潜り込んだり回り込んだ
り 肩関節を拳上したり やりたいほうだいなのでとて
もわかりやすい。
そんな人体標本は ロボットのようだがロボットでは
ない。生き物のようだが生き物ではない。あくまでも非
生物 無機物だが 幻想のなかで自在に動き思考し続け
たのである。
一軒の住宅をこそ ハラキン
一軒の住宅をこそ望んだ住民は こんなにも住宅が満ちることを望んだか。
雑木林が地表を覆い尽くすようなイナカに 忽然と百軒ばかりの建売住宅群
が現れた。森のなかのユートピアを意味する愛称も好まれ 次々と売れて
いった。三十代後半~四十代の夫婦に幼児二人 小型犬といった家族たちが
いっきょにやって来た。当初は情熱をもっていたデベロッパーは 区画のな
かにいくつかの児童公園を配した。住民自治の集会所も世話した。
それでも辺りは雑木林だらけだった。いくつものブロックをつくって繁っ
ていた。雑草がむんむんとはびこる空き地だらけだった。そしてついに。な
にものかが我慢できなくなって 樹がつぎつぎと伐られはじめた。なにもの
かが痺れをきらして 空き地の雑草が毟られた。そこへさらに住宅が 少し
だけディテールや色合いが違う戸建て住宅が 増殖していった。
しかし 路線バスの本数は 森のなかのユートピア出現以来ほぼ変わらず。
昔からの大地主だろう 一族が経営する 野菜や果物や米や酒を売る商店が
一軒だけ。住宅は満ちた。もはや新たに建つ余地は無いと思われる。住宅だ
けの街。それは街なのだろうか。
無常と幻想のあわいで。住宅だけの地域は この時点から逆再生(フィル
ム時代は逆回転)がはじまった。遅れて逐次的に建ち並んでいった住宅たち
は 次から次へと解体され 姿を消すとともに 雑草が再びはびこり ブル
ドーザーやユンボは動作があべこべになり 倒れていた樹木が立ちなおり
雑木林は復活した。逆再生は止まらず 森のなかのユートピアも消えていき
人影が絶え 大自然だけになったそのとき 数しれない野鳥たち 蝶たちが
暴悪大笑したのだ。無常と幻想のあわいで。
何十体もの ハラキン
何十体もの死体が浮かんでいる。医学部の地下の水槽。解剖のために。地
震でもないかぎり波が生じないから死体たちはほぼ動かない。このレトリッ
クにはすでに妄想が入っている。ホルマリンだか或る種のアルコールだか保
存のための液体に包まれた死体は 直立という劇的な姿勢で 目を開け 何
かを思考しているようだ。妄想が暴走をはじめた。目を開けているから俺と
目が合うことも多い。死体だから何も考えていないのだが 俺の魂胆が見透
かされているようで 気味が悪い。
全ての死体を 古い水槽から新しい水槽に移す肉体労働のアルバイト。移
すということは一時的な作業の筈だが 二十歳そこそこだった俺は 常時こ
のアルバイトがあると信じ 名高い大学に電話をかけた。これは妄想ではな
い。電電公社発行の電話帳に載っている番号だから大学の総務か。
二十歳そこそこの俺は 「俺に明日はない」を標榜し 冷菓工場の冷凍庫
作業と運送屋のトラック助手のアルバイトに熱中していた筈なのに なぜ死
体管理のアルバイトをしようとしたのか 過去の己こそ謎だらけだが 「医
学部の解剖実習などのために 医学部の地下の水槽で保存・保管されている
死体を管理するアルバイトがしたいのですが」などと切り出すと 電話に出
た大学の職員は 俺の話をじっくりと聞いてくれたうえで そのようなアル
バイトはありません と冷静にそして丁重に答えてくれたのだ。
詩人と呼ばれて ハラキン
詩人と呼ばれて 誇らしい人はそれで良い。詩人と呼ばれたくない人
は 別の呼び方を考えるべきだ。小説家の語尾は人という意味の「家」。
小説を書くことを仕事とする人。だが小説人とは呼ばない。美術家も同
じ言葉構造。美術人とは呼ばない。現代美術をアタマに持ってきたら
たとえば名刺は「現代美術 作家」となる。専門分野を仕事とするプロ
フェッショナル感が強い。美術にさらに深入りすると 彫刻家の語尾は
「家」。画家の語尾も「家」。だが画家には別の呼び方があった。
それは「絵描き」である。絵の具にまみれて絵ばっかり描いている奴
というニュアンスがある。絵画という専門分野を仕事とする人という客
観性は弱い。この「絵描き」と「詩人」は似ている。「詩」と「人」が
短絡して まるで一篇の抒情詩みたいな人物といったイメージが拭えない。詩人の名刺を受けとった人は 「酒飲みなんだろうなあ」「私生活
はけっこうだらしないのかも」などと勝手に連想しやすいのではないか。
詩家とは呼ばないが 名乗りを上げる人がいてもいい。現代詩をアタ
マに持ってきたら たとえば名刺は「現代詩 作家」となる。詩の構造
や言語学などを調査研究しながら 実験的な詩篇を開発している人と
いったプロフェッショナル感が強い。
最新作の発売日の前日に 徹夜でファンが書店に並ぶ小説界。小さな
絵画が数億円で取引される現代美術界。現代詩をどうにかする為には
「詩人」という近代を脱ぎ捨てることから始めるのも戦略だと思われる。
とある古寺で ハラキン
とある古寺で深夜 覆屋のなか 食堂修復の部材たちが 命を吹きこ
まれたように おもむろに動きだした。
礎石の上に柱が立てられる工程だが 深夜だから大工たちの掛け声も
なく 物音ひとつせず 柱が自分で立ったといっていい。次いで柱の頂
部が頭貫で水平につながれた。頭貫がふわりと浮いて自分で溝にはまり
つながったといっていい。次いで頭貫の下に長押が 柱の外側に打ちつ
けられた。ここはさすがに半透明の宮大工たちが和釘で!打ちつけた。
窓のあるところには楣と窓台が入った。さらに内側の柱とつなぐ繋貫が
入った。いよいよ柱の上に斗が乗った。斗が自分で飛び乗ったといって
いい。斗の上に梁が乗った。肘木と叉首が乗った。叉首に斗と肘木が
乗った。肘木の上に 大きなカマドウマが飛び乗った。
かたや仏師は堂内に籠って 倒れた観世音を来る日も来る日も凝視し
て 内語で修理の旨を告げ 許しを乞うた。許しを得て 特に暴悪大笑
面の整形に時間をかけた。大笑面がなにかと饒舌に話しかけてきたから
だ。
観客がいない演劇のように。まさしく共同幻想の奥義として古寺修復
は粛々と進められた。
柱のてっぺんを ハラキン
柱のてっぺんを頭貫とし 足元に地覆をはめて 水平に柱をつ
ないでいると 俺の背中に覆いかぶさってくるように 現れた!
古代の体臭がする。誰ですか と内語で訊くと 創建に関わった
大工だという。柱を丁寧に掘込んでいるからきちんと取り付く
などと内語で褒めてくれた。背中のほうを振り向くと 数センチ
の間合いの真顔が頷いた。
一千年の古寺の場合 一千年後の「いま」はどう経年変化して
いるかを「再現」しなければならない。創建当初の相輪は金ピカ
だったから (はるばる船に揺られてやってきた仏像もキンキラ
キンだったから)長い年月をかけて 緑青 塵埃が湿気で表面に
付着していったあげく「いま」はシブイ。金ピカの痕跡をのこし
ながらも。
汚しをかけると俗にいう。たとえばスチールの場合 「エイジ
ング」という つや消し黒をふきつけて塗りつぶし さらにサン
ドペーパーをタテヨコナナメにかるく擦り 経年変化を玄妙に醸
しだす。
金属が煮えたぎる鋳込みに没頭していると 古代の大工だけで
なく 中世の大工 幕末の大工 明治中頃の大工…… 次々と現
れて (肉眼では全く見えないか半透明だったと思われる) 古
寺の修復工事を見詰めた。どうやら各時代の修復担当であったら
しい。僧侶たちの読経が延々と続いた。かくして 一千年後のい
まを再現して 水煙も塔全身も新調されたのである。
空手チョップは ハラキン
空手チョップはやっぱり威力あるな!と 耳が遠いので14イン
チテレビ受像機右下の小さなスピーカー側ににじり寄り テレ
ビとは90度からだを捻ってプロレスを観ていた祖母が見る空手
チョップは いつも偏平なパースペクティブで放たれた。
拠るべき寺をもたず 家も肉親も捨て去って 無一物で念仏の
功徳を説いてまわった捨て聖は 身体だけの身体でどこへでも忽
然とあらわれ知らぬ間に消えた。
そのときは数えるほどの星が出ていたかどうか ほぼ闇のなか
からぬっと後輩が俺を迎えにきたので 懐中電灯を持っていない
ことをなじったが 何も見えないことから行為を始めて 山中を
歩くうちに歩くほどに 木々の葉っぱや林道やけもの道やせせら
ぎが 奥ゆかしい明度なのにすべてがよく見えてきた。
生産ラインとつながった マイナス28度という冷凍庫内での
1ダースが箱詰めされて次々と流れてくる冷菓の積み上げ保管と
これを崩して両腕の筋肉を総動員しながらコンベアーに乗せト
ラックで出荷していく シジフォスのような身体がしだいに板に
ついてきた。
春が 笠原仙一
待ちに待った春が揺らいでいる
希望の春が 揺らいでいる
それは
風のせいでも雨のせいでもない
ほら 一面の春
カタクリもふきのとうもタンポポも
土筆も菜の花も桜も みんな咲いている
それなのに
突然に襲い来る死
不安と恐怖と不信と怒りで
二〇二〇年の 日本の春が
悲しいほどに 虚ろに揺らいでいるのです
検査がいつまでも受けられないのです
差別と嘘と傲慢で平気で国民を騙すのです
それは
天変地異のせいでも涙のせいでもないのです
いつものように 笠原仙一
新型コロナが迫っても
天変地異が起きても
心はいつものように
宙(そら)
命
朝(あした)の中で
自由と創造の営みは
生きる元気
思い切り手を振って
ワッハッハ
ニコニコ 前進です
そうして
どうしても僕の時間じまいがやってきたら
静かに手を合わせて
好きな音楽と詩集を抱きしめ
バイバイします
なんにも心配ありません
夏の終わりのえらいこっちゃ 平野鈴子
昨夜の食事がなんやったか思い出されへん
あれやん・ほれほれ
それやん・これやん
人の名前もでてけえへん
どないしょう
券売機で切符を買いながらまた買おうとする
愕然とした京橋駅
主治医に認知症の検査をたのんでみる
先生はそんなん必要あれへんでやめやめ
といってくれはったが
予約依頼した
MRI・CT・脳波・血液検査
当日の新聞の日付と曜日をしっかりチェックして病院へ
これは案の定クリア
100から9を引きつづける問題徐々に伏目がちになってくる
あかんわーと自信がなくなる
見せられた絵を隠され即座に答える
覚えておかんとあかんと思いつつ
全部の回答はでけへんし
もうどないなるねんやろう
今の季節を答えて下さい
ハイ「晩夏です」
若い女性の臨床心理士は首を右に左に傾けてけげんな顔をしてはる
次回は必ず夫同伴とのこと
いよいよ迷路に入ったかと気がめいる
当日 奥さん最近変わったことはないですか
夫 ありません
今日現在全く大丈夫ですの笑顔のDr.の診断結果の太鼓判
あの大丈夫はほんまでっかーと
お払い箱になる日をいまも危惧している
でも「晩夏です」の回答に彼女は減点をつけはったんやろかあ
銀座のヤナギ 平野鈴子
幌(ほろ)で風雨をさける露天商
夜のアセチレンガスの炎と臭い
荒廃したまち
テントの中は富士山・トラ・ワシの柄の派手な人絹のジャンバー
口紅やマニキュアの美しい色に目を奪われたあの夜
軍隊で使っていた双眼鏡・サーベル
漆塗りの黒のケースに収まった美しい石がはめこまれた勲章
貴重なしなじなでお金を工面した父
湯気のあがる水団をすする労働者
首からさげた募金箱にお札を入れる私の役目
義手や義足の傷痍軍人に背をむけ肩をふるわす父の姿
アコーディオンの調べがむせびなく
都電が走る銀座通り
路地裏でヒロポンうつすさんだ男
退廃した女とアメリカ兵がタバコをくゆらしながら通りすぎる
MP*のヘルメットが脳裏から消えない
緑の柳は葉裏の白さで将来を占っているのだろうか
不安な未来を見つめていた幼子は
高齢になりこの先が平和でと願っている
*MP ミリタリーポリス 米陸軍憲兵隊
今日の寂しさは 来羅ゆら
今日の寂しさは
あまりに気持ちのいい五月の青空
白い綿雲は遠く
魚は空を飛ぶ
道端のハルジョオンは
貧乏草ともいうらしい
私は牛乳瓶に挿したことがあって
あちこちで咲いていると
旧友に会ったようで懐かしい
遠慮がちに風が流れ
そっと躰をかすめて去る
昼下がり
今日の寂しさは
あまりに気持ちのいい五月の青空
老夫婦の会話 ―ソーシャルディスタンス― 来羅ゆら
―――おい、ソーシャル何たらとは何だ?
―――足の型のマークのことですよ。
―――それは何だ?
―――ここに立ちなさいってことですよ。
―――どこに立つか決めたやつは何もんだ?
―――誰かが決めるんでしょ、知りませんよ。
―――誰が決めたかわからんもんの上に立つのか。
―――そうですよ。X印はそこにいてはいけないってことらしいですよ。
公園のブランコだって、滑り台だってXですよ。
―――命令されて平気でいるのか?
―――命令じゃなくお願いされるんですよ。みんなまもってるんだから。
―――みんなと同じことをするのがそのソーシャル何たらか?
―――近頃では何でも英語で言うんです。年寄りがうるさく言うと嫌われますよ。
―――ソーシャルディレッタントって言ったか?
―――ちがいます。ソーシャルディスタンス。入れ歯になると言いにくいわ。
邪宗門秘聞 葉陶紅子
金色の髪を散らして 罪色の
肌紅に 染めあぐ真昼
門前に梟首(さらさ)れし 邪宗の僧の
罌粟(けし)の唇(くち)より おらしょの祈り
紅毛の商人(あきんど) 女(おなご)を膝の上で
十字架(クルス)突き立て その唇啜る
毒薬の花の香りを 焚きこめし
なれが肌肉の 今宵麗し
空ろなるこころに 空ろなる言葉
死せるかこの身 生けるかその身
なが肉の汁にまみれて 獣が逝くは
天国(パライソ)なるや はた地獄(インフェルノ)
流転する日月の先 契りあう
なれが天国 笑ます唇
神の手 葉陶紅子
寝台の周りうごめく 獣たち
神と呼ぶには 死者のごとゆえ
乳房の上(へ)に忘られし 神の手を
かじりし鳥は 半神となる
鳥たちが 空は逃げこむためにある
股間のおくの 虚無に魅かれて
少女らの乳と蜜とに 濡れ匂う
大地の樹々に 神は芽ぐみぬ
樹々の芽をついばむ 鳥の内側に
生まれ膨らむ 永遠の泡
鳥たちは裏返り 内側を飛ぶ
断崖の先 青の色面
乳(ち)と蜜に濡れ蘇る 神の手の
先に 鳥らは螺旋を画く
宿題 吉田定一
蛇のように とぐろを巻きながら…
問題用紙に向かっている
十一歳頃のじぶんがいる
お下げ髪の君のことばかり考えている
裸電球の影が揺れ 灯りが消えても
君の横顔がガラス窓に浮かんでは消える
この時の淡く薄墨のような感傷が
面映い少年の行く末を 迷いを
いくらか濃くしたのかもしれない
(誰から出された宿題というのだろう)
いま年甲斐もなく 答えの判らないまま
机の引き出しに仕舞い込まれてある
未提出の宿題を取り出す
そのたびに薄ら笑っているお下げ髪の君が
いまも教室にひとり取り残されている
僕のまえに引き出される
大切に解いてゆかねばならない
永い歳月の重さが積みかさなって
なぜか問題の問いかけを色濃くしている
一問一答しながら 易しそうな問題から解き始めよう
振り返ると いつも十一歳頃のじぶんがいる
その最も良きじぶん自身から 解いていかなければならない
愛しくおくる波のうえ 関 中子
空は真っ赤に笑うだろう
飛び込んでいけたらここが旅の終わり
聞いたら 空が落っこちそうになって笑うだろう
そんなこと承知で聞いてほしいな
ここでゆっくり
手足をもんで
自分でね
崖から
すらり
草の細い葉 風を折る
滑って
ゆらり
船になる
空を漕いでひらり
どうするゆっくり落ちる
思えないほどゆっくり 楽しく楽なので
この詩を書いたら
落ちたさきが海なら
垂直に落ちるのはやめて
海いっぱいの涙を浮き枕に笑い返そう
どんな時間もわたしのおくる時間の波なのだから
飛び込んだら空は海に燃えているか
青く
日本は花びらをささげて燃えているか
青く
花びらを掴もうとしたら
だれかとだれかが
思いがけなく
互いの手を
握った
しまった
そう叫んだ
だから耐えられる
軋みも
遅れも
燃えている
握ったこころは
だれかとだれかで 燃えているか
この空を抱きあげる その重みで燃えている
知り過ぎた けれど知りたくてならない互いの重みを
愛しく
そうそのことばがいい
生存を燃やしていけるだろう
振りまわされている日常 中西 衛
ひたひたと
迫ってくるものがある
昼さがりの目眩か
増えているようで減っていく
繋がっているようで切られていく
始まっているようでおわっていく
進んでいるようで退いていく
積まれているようで潰されていく
結ばれているようでほどかれていく
生まれていくようで死んでいく
逃げようとしても
死神にいつか襟首つかまれて
暗いところへ引き摺りこまれ
捨てられるのが落ちか
誰にもわからない
計算されているのは
死者の数
その中にいつ計算されるかだ
繋がっているようで潰されていく
進んでいるようで退いていく
子供の声がない
いままであまり経験したことのない
音のない静かな異常
二〇二〇年四月二十四日。
スマホゲームする幼稚園児。岡江さんが死んだ大報道の日
中島(あたるしま)省吾
悪いけど
私が暴れてた時代と違って現代のガキは悪質だ
私がふと昼間、家の外出て
タブレット観てて、たばこ吸って、缶コーヒー飲んで
リラックスしていたら
近所のガキが、どこで覚えたのか
「どくしんしゃ、どくしんしゃ、どくしんしゃ、ちゅ、ちゅ、はははちゅ、はははへらへらへら」
と私の姿をスマホで撮ってた
近くまで調子に乗って撮られた
無言にせな、親が怒って来る
幼稚園のガキだと想うが
どこで、覚えたのか悪質だ
「アサハラ、アサハラ」とか、「タクマ、タクマ」とか三歳児がしゃべって
大人のブラックワードだ
悪質だ
幼稚園児のガキがスマホでゲームして親と幼稚園入って行った
悪質だ
コロナのワクチンも
一年半後らしい
外出制限しても
少なくはなるが
夏に暑くて
ウイルスが死ななかったら
こりゃあ、ちょっとずつで
爆発しなくても
外出規制でも
隅の隅まで、そーっと、そーっと、そーっと、ウイルスが行き届いて
死ぬか生きるかだな
スーパーも入場制限がかかるらしいので
障がい者なので
ヘルプマーク首から
下げるしか時間帯によって
入場拒否になるらしい
今日は朝、市役所にヘルプマークの首から下げるやつ申請に行きました
ただ、自分を守るためのみだ
情けないが
小学生 中島(あたるしま)省吾
ユーちゃんは小学生
翔ちゃんも小学生
同じ六年四組の生徒です
席替えがありました
隣の席になりました
「よろしく~♪」
きも~♪
ユーちゃんはあっさりしていました
授業を受けて
帰って
授業を受けて
帰って
体育を受けて
汗水たらし合って
海岸線で校外学習で
貝をあさって
翔ちゃんはユーちゃんに
ザリガニを渡して
ザリガニを虐めていました
先生が「こら、翔ちゃん、ユーちゃん」ふざけていた二人に一喝しました
授業を受けて
帰って
授業を受けて
帰って
今日はバレンタインデーです
ユーちゃんは男の子全員に
チロルチョコを
配りました
「チョコチョーだい」
翔ちゃんだけ
チョコはありませんでした
帰り、翔ちゃんの靴箱を開けると
酒造りの高級チョコが入っていました
ユー。より、と
中学校、高校、大学も一緒でした
今日は雨の海岸線
雨が降っていた
大波が押し寄せて
大雨の中
傘もささず
二人は波打ち際にいました
「貴方なんて大嫌い」
ユーちゃんが泣きながら叫びました
「君がいないと俺は生きれない」
大波の海岸線は荒れていた
「俺は君がいないと生きれない」
大雨が降っていた
傘もささず、泣いて、雨にうたれて
大雨の海岸線で
ユーちゃんは翔ちゃんを観ました
「君がいないと俺は生きれない」
川に 加納由将
風は変わっていく。白い蝶が飛び始めると川
が空を運んでいく。砂利道を心地よく走って
いく。どこまで流れが続いているか、確かめ
たくて走っていく。身体はボロボロで動かな
い。そんな姿で流れを見つめていた。疲れて
も川上を目指して少しずつ動かしていく。
しそのにおい 山本なおこ
水たまりに張ったうす氷を
カシャと踏んだひょうしに
しそのにおいがしたような気がして
おや? と思った
しそのにおいは
死んだおばあさんを思いださせる
お日さまにあぶられていっそういいにおいとなった
赤じその実をふりかけて
キュッキュッと
おにぎりをこしらえてくれた
おばあさん
わたしがかぶりつくと
あはあは笑って
「うんまかろ たべたべ」
といった
おばあさん
こんな真冬の青白い夕暮れ
しそのにおいがするわけもないのに
しそのにおいがしたような気がして
うす氷をさがしては
踏んで帰る
薄明りの朝に 下前幸一
四月
自閉する都市
人気のない繁華街に
超低音の警笛が鳴り渡る
すさぶ不安
井の中の閉塞に
自粛する時
孤独な地球の
メリーゴーラウンド
私たちは自転する
計り知れないものに
ただ要請されて
密集・密接・密閉
メガシティーに密集し
億年の遺伝子に密接し
見えない境界に密閉されている
ロックダウンの世界史に
私たちの日々が
なだれ落ちていく
悪を探し
悪を名指し
互いに悪を断罪する時
どこに思いを掛ければいいのだろう
正解は靄の中
湿った土間の記憶と
樹木にぶら下がった果実
コロナ世代の子供たちが
離れ離れに
強く交信している
禁じられた公園の
閉ざされた砂浜で
三密の出立を
悟られないように
虚に呼び交わす
薄明りの朝に
私たちはすでに
深く感染している
輝く野原を 阪南太郎
どうか、この野原のみんなに輝きを。
まだつぼみの花たちは、
みんな元気に咲けますように。
何も怖がらずに咲けますように。
咲くのが早い花も遅い花も
赤い花も白い花も、
仲良く、互いの美しさを認めあって、
育ちますように。
そして、もうすぐ咲いている時期を、
終えようとしている花たちは、
最後の美しさを見せられますように。
だれにも見捨てられることなく
最後の美しさを見せられますように。
そして、いちどは踏みつぶされた雑草は、
もういちど、元気を取り戻せますように。
みんな、みんな
「この野原で育って良かった。」
そう思えますように。
この野原の隅から隅まで、
いつも輝いていますように。
吾亦紅(われもこう) 左子真由美
吾亦紅 手(た)折りし君の 白き指さき
ためらひながら われに与へし 吾亦紅
ふるさとの 野を染めて 沈む夕陽(ひ)に
かそけき花の 風に揺れ
十年(ととせ)経て ふたたび立ちぬ ふるさとの
野にいまは 君の影なく いとしき花の 風に揺れ
吾亦紅 唇あてて 君を偲ばむ
幾年月 潰(つひ)え去らず なお鮮やかに 香るものよ
赤紫の ちひさき花よ 吾亦紅 ああ 我も恋ふ