175号 あの日あの時
175号 あの日あの時
- 幻 根本昌幸
- さりらりら 佐々木洋一
- なめくじ 佐々木洋一
- たんぽぽ 佐々木洋一
- 水 瀬野とし
- 我が名を呼ばれる ハラキン
- はるか上に ハラキン
- 男の酒の ハラキン
- 営みに ハラキン
- 蟷螂(かまきり) 堀口精一郎
- わたしは たわし 杉本深由起
- 秋の帆船 高丸もと子
- 小石 高丸もと子
- 小詩篇「花屑」その15 梶谷忠大
- 我が冒険 丸山 榮
- 更衣 葉陶紅子
- 天国ごっこ 葉陶紅子
- 卒寿 平野鈴子
- 柿釜・柚子釜・リンゴ釜 平野鈴子
- 空気 吉田定一
- 自分って 加納由将
- 残暑は限りなく 中西 衛
- <長編詩>アートマンの唄Ⅱ ~ピラミッド・パワー~ マキ・スターフィールド
- あなたの瞳 水崎野里子
- モーツァルト広場 水崎野里子
- 表現の不自由展・その後 下前幸一
- ゆずれない政治の基本 中島省吾
- 地下から地上に上がった地下鉄 中島省吾
- ご出身はどちらですか 斗沢テルオ
- <PHOTO POEM>相棒 長谷部圭子
- <PHOTO POEM>立っているのは? 尾崎まこと
- この一行に 木村孝夫
- おしまいなさいましたけ 山本なおこ
- 道 左子真由美
- 砂絵 藤谷恵一郎
- 核兵器 藤谷恵一郎
- ぼくの耳 藤谷恵一郎
- 燃え上がる六月 藤谷恵一郎
- コスモス(cosmos) 尾崎まこと
幻 根本昌幸
幻を見た。
見てはいけないものを見た。
幻とは一体なんなのだろう。
夢。
うつつ。
幻覚。
病気。
このうちのどれか?
いや もっとあるだろう!
蜃気楼。
霧。
もや。
かすみ。
雲。
うらうらの春の日。
虹の橋。
雨。
風。
雪。
人間。
この世から
消えていくもの。
すべて。
さりらりら 佐々木洋一
本当はいつか来た道ではだれとも遭わない方がいい
窓辺では移ろいゆく雲の尾ひれにひたすらまどろむがいい
もしも言葉と遭わなければそのまま無言でいい
とまどう花の匂いにふと生きものの足が止まればいい
さりげなく
さりらりら
おしみなく
おしげなく
本当はこの道をひたすら人影の方へ歩めばいい
窓辺では夢の続きをまどろみながら見ればいい
もしも言葉が降ってきたらそのまま地中まで落としてしまえばいい
うれいの花の匂いにふと足を止め祈ればいい
さりげなく
さりらりら
さりらりら
さりらりら
あなたはこともなく揺れている
ちちふさに風が群がっている
こぶとりの爺さまが紅く騒いでいる
婆さまがみみたぶで針を研いでいる
おしみなく
おしげなく
本当はあの道を雲の方まで上って行けばいい
窓辺ではそう願っているだけがいい
もしも言葉を失ったら雲の窓口を葛のように叩けばいい
絡んだこの世からすばやく生きものの足枷をはずせばいい
さりげなく
さりらりら
なめくじ 佐々木洋一
じくじくたる思いとはほど遠く
いっこうにかまわないそぶり
勢いのある曲線の葉脈のすその
汚点のようにしがみつき
とどこおりなく歩んでいる
悲しむ時も 苦しむ時も
見上げる時も 祈る時も
じくじくたる思いとはほど遠く
とどこおりなく歩んでいる
しばらくして
濁点のような糞を落とし
うつつから姿をくらました
たんぽぽ 佐々木洋一
南の方に咲いていたたんぽぽが東へも西へも
北でさえ生き抜き
不思議なことに風上にもたんぽぽが増えていく
たんぽぽとかぽんぽことかぽが付くと何だか楽しく愉快になる
たんぽぽの愛敬も愛されるにふさわしく
ポポンS錠という健康薬はたくましく効いてくる
庭石の間にたんぽぽが復活し
摘み取るのは何だか忍びない
山背が吹いてきても
ぽぽんぽぽんとうなずき
倒れそうになりながら再生の機会を窺っている
一年生のたんぽぽ 道草のたんぽぽ 戦場のたんぽぽ 前線のたんぽぽ 戦跡のたんぽぽ
記憶のはずれでもしぶとくたんぽぽは咲き
こちら側へぽぽんぽぽん綿毛をむげに飛ばしてくる
水 瀬野とし
朝 ベランダの鉢植えに水をやる
梅やサツキ
この暑い夏をしのいで 秋を迎え 冬を越し
紅や白やピンクの花を咲かせるように
水をそそぐ
わたしの背中はもう 汗でいっぱい
コップの水を飲む
このあいだ頭がふらついて駆け込み
女医さんに 言われた
時間ごとに水を飲みなさい
ゴクゴクでなく 少しずつね
あのとき
宮沢賢治は
ゴクゴクと飲んだだろう
友が 罰のために
水の入った容器を持って立たされたとき
賢治はサッと近寄り
容器の水を すぐさま飲み干したという
友の重荷を引き受けた 賢治
人が 賢治のように
他を優しく思いやって 行動したら
地球はこんなにも暑くならなかっただろう…
わたしも地球を汚しながら生きていることを
感じながら
水を飲む
まだまだ暑い夕方
もう一度鉢植えに水をやる
この暑い夏をしのいで 秋を迎え 冬を越し
紅や白やピンクの花を咲かせるように
水をそそぐ
あ、
蜂が二匹 どこからかやって来て
梅の葉のくぼみの水を
おいしそうに 飲みはじめた
我が名を呼ばれる ハラキン
我が名を呼ばれる。いきなり世界がはじまる。「また
来たよ」。生母が(今回は明るい表情で)話し出す。校
庭の隅にある水飲み場で。私は「おかあちゃん」と答え
たようなそうでないような。貴重なシーンは 視野に青
い水が入ってきて 洗い流されるように姿を消してしま
う。
実話の思い出なのか。夢の思い出なのか。もはや誰も
神も仏も教えてくれないので 心のアーカイブの倉庫の
隅に放置されたままのフィルムのように 釈然としない。
「また来ていいか」と問われて 私は 父や継母からの
いわば伝言を返したのかどうか。そこまでこの一幕が続
いたのか否か。すべてが実話として解禁されれば 生母が小学校を立ち去る後姿 あるいは 帰りの電車で吊り
革をにぎる泣きはらした顔のアップ といった最後の映
像が出てくるのだろう。
はるか上に ハラキン
はるか上に 禅定者の世界をおこうと思う。なにゆえ
神々の頭上におくのか。坐りぬかなければ上に行けない
からだ。神々は坐りぬかない。
境地ごとに段階を設ける。一段一段昇っていく励みに
なる。いや実はそこまで達すると 真空。空気が無い。
そこで成り立ちの設定を変更したので 真空であること
は禅定者にとっては支障がなくなった。真空であろうが
深い呼吸法で坐りぬいてもらう。
天人は 虚空の世界を味わい楽しむ境地までは達する
が 「何も想わない ということをも 想わない」とこ
ろまでは行けない。
宮殿の門で張り込んでいなさい。いまだ肉体のある天
人が 出たり入ったりするのを観察できるから。
男の酒の ハラキン
男の酒の相手をしていた女だから 盛り場で 案の定
子育てが出来ない。乳をやるのもろくに出来んから わ
たしのカラ乳を吸いにくる。あんな嫁はいらん。出て
いってもらお。
一歳ぐらいの幼児が 布団をかぶり 目を開けて 天
井を見ている 窓からもれてくる街灯の弱い光が片頬に
あたり かろうじて 男児らしいとわかる。
男児の父親に 彼の母親らしき女が 嫁の文句を 小
声でしかし語気強く浴びせている一部始終を 男児の耳
は聴いているだろう。ことばの意味はわからないまま
その音声データは 彼の最深層の無意識に うずめこま
れ続けていることだろう。
音声だけでなく映像も 男が幼き頃の生母にまつわる
記憶はほぼ一切 うずめこまれたままだ。三歳のときの
或る日 生母が「家出の挨拶」に来た。幼き頃の記憶は
この一件だけだ。
秘仏のように 宇宙のなにものかによって秘密になっ
ているのか たかだか無名の生母と男児の物語。
営みに ハラキン
営みに始まり営みに終わり これを綿密に繰りかえし
て営みに死す。人が跨る穴 穴 穴。壺 壺 壺。厠
厠 厠。仕切りと扉は無い。個室では無いのだ。広やか
に広がっている。排泄の密やかな解放。
法衣を脱ぎ入念にたたみ 水桶を左手ではなく右手で
厠に携えて 厠の前で草鞋に履き替え 厠の上に跨って
用を足してゆく。用が済んだら木製のへらで丁重に拭き
取る。さらにここから手洗いの厳格な作法が続く。
排泄時にも禅定に入る修行僧はいるのだろうか。そう
ではなく排泄そのものに三昧するのだろうか。いずれに
せよ世間からの情報は一切入ってこない。と夥しい情報
の処理に追われる後世の旅人が書く。
自分や他者が排泄する姿を尊びかつ頓着しない。営み
を営んで営みに死す。別の箴言を借りれば「もうそこか
ら死ぬるまでは糞尿譚」とのこと。
蟷螂(かまきり) 堀口精一郎
愛嬌のあるぐりぐりした目玉を
風のように働かせて
生と死の季節を吹き抜けていけ
きみは
野に跋扈するひとりぼっちの無頼漢
炎天にみどりの燕尾服を着て
踊りながら
ときに狙いをつけて
みごとに一閃
オトウサンヲキリコロセ
恐い男ね
でも憧れているんです
女の子宮の奥で果てる男
恋を恋する肉食のエピキュリアンよ
遠くで月が消えて
猫のクロが暗いふとんの中でかたくなる
その物語が静かに語られているとき
杖をついた
長身のカマキリが裏木戸をたたく
わたしは たわし 杉本深由起
押しつけがましい世間に喘ぎ
「わたしは わたし」
と声をあげたくなったら
「わたしは たわし」
と言ってみる
頭でっかちな自我は
ちょっと横におき
文字ひとつ
入れ替えるだけで
ああ この解放感
たわしですから
心も軽く ふうわりと
たわしですもの
身だって 軽やかに
せっせと働きますわよ
「わたしは わたし」
と 突っ張るよりも
そのほうが
ピカピカになる気がする
わたしという 小さな鍋底が
秋の帆船 高丸もと子
風は
大きな帆船
いつのまにか
季節の海へ
家々の洗濯物も
すっかり秋色になって
ゆったり流れていく帆船よ
手を振っている私が見えたら
ボン ボワイヤージュ
一緒に乗っけて行ってくれないか
小石 高丸もと子
帰り道に
見つけた小石
冷たい小石をにぎっていると
よけいにさびしくなった
ころころしながら
帰りたがっている小石
さよなら小石
独りぼっちにもどっておいき
小詩篇「花屑」その15 梶谷忠大
法師蝉
季のけぢめが崩れてしまつた
そんな思ひの日々を重ねてゐる
ある日の夕つ方
気候変動のトゲトゲの晩夏の隙間から
なつかしい故郷のたよりのやうに
―つくつくほうし
―くつくつぼうし
―ほうしつくつく
―つくしこひし
すべてがとろけるやうな〈安堵〉
だが待てよ
―この鳴き音の「ちから」に微妙なちがひがある
―この鳴き音の「じかん」に微妙なちがひがある
―その微妙を聴きわけよ
叱咤の声がしじまから
季節のけぢめ 梶谷予人
花冷えや人の体に芯のあり
母の忌を連珠のやうに合歓の花
味覚より視覚の早ささくらんぼ
初蝉のつぶやきほどに途切れけり
季のけぢめ空を見海を見夏を追ふ
青りんご北への思ひ握り締む
我が冒険 丸山 榮
五月の初め
家の前に 越してきた ひとは
同じ干支で 同学年
兄弟姉妹は 既に亡く
寂しさ抱えて 生きてます
五月の初め
家の前に 越してきた ひとは
なんと 三味線の お師匠さん
時折り聞こえる 三味の音に
心は踊る 手も踊る
五月の初め
家の前に 越してきた ひとに
塀ごしに 躊躇しながら
心の内を 伝えました
私も 三味線 弾いてみたいと
彼女は笑顔で
どうぞ どうぞ ということで
歩いて五秒 速足三秒の 稽古場へ
通うことに なりました
隣に越してきた ひとは
長女で しっかり者
私は末っ子 のほほんと
そんな二人が 気があって
三味線抱えて チントンシャン
今年はなんと
令和の年で
その年の 六月に
私は 三味の世界へ
よたよた よたと 歩き始めました。
更衣 葉陶紅子
衣剥ぎ 夏越(なご)しの裸身形代(かたしろ)に
流す川の辺 魂(たま)送りの辺
脊梁の廃れし径の 端(は)に覘(のぞ)く
陵(みささぎ)に落つ 月の滴は
和魂(にぎたま)を裏返してや 象(かたど)りし
裸身に着てや 水際(みぎわ)に出でし
夏衣剥がし委ねる わが肌に
熱く降り来る 重力の息
日の滴きらめく 肌の熱のまま
生(あ)れし変わりし われを愛でませ
匂う肌まだ冷めやらぬ 宵の夢
地下に眠れる 女人ありけり
人知れず陵残(みささぎ)し 脊梁に
新翼広げ 天(あめ)に彳(た)つ鳥
天国ごっこ 葉陶紅子
乳首と恥骨 片手同時に触れざれば
見るはあたわず 時逝きし国
背なの翅/恥骨の赤毛 併せもつ
ものらの国ぞ かの王国は
くすくすと無邪気に笑う 口唇を
恍惚とさす 神々の声
天と地と2つを跨ぐ 両脚の
間(あい)より落つる 慈悲の滴は
麗しき鎖骨の窪み 消さぬよう
神さえ祈る 灰色の眸(め)に
世界樹の迷宮を飛ぶ 馨しく
弾める肌の 裏の螺旋の
死と生が織りなす螺旋 嗅ぎ触れて
遊ぶ天使を 少女とは呼ぶ
卒寿 平野鈴子
火鉢の中は藁灰が敷かれ
消し炭が埋められ
五徳・火箸・十能が整えられている
煙管(きせる)にふわふわの刻み煙草「ききょう」を詰め
大きな燐寸(まっち)箱をかたわらに置き
青い煙をくゆらし
紙縒(こより)で煙管の脂(やに)を掃除する
目をうつすと
大きな弘法大師像
不動明王像をまつり
勤行を欠かさず
念珠をたずさえ
燈明をともし
たなびく香のけむり
信仰の成就への苦行の日々
滝行をし
徳をつみ
功徳をいただき
日盛りさえ蒼然とした部屋
ちりめんのようになった肌から修行の歴史を感じる
ふるびた粗末な着物
衿には日本手拭
長い前掛姿
疾風(はやて)のように駆けぬけた時間
今は長閑(のどか)な寧日
苦悩の限りを味わいつくした
卒寿を醸して帰依に生きた女の顔がある
いたわり
思いやりの人生であった
柿釜・柚子釜・リンゴ釜 平野鈴子
晩秋の味覚を楽しむ釜三種
食用菊の「おもいのほか」や「もってのほか」
とんぶり*や零余子(むかご)*
しめじや舞茸
おさんどん始めて四十九年
寡黙とは知りつつも
美味しい
ありがとう
ごめん
の言葉は聞かれない
後退りもままならず
永くもあり
短くもあり
溢れる言葉あるならば
この上ない幸せでありましょう
語らいはいつも私の独り言
無いものねだりと知りつつも
幾多の心のもつれ伝わらず
お世辞の一言でも
「美味しい」
が聞けたなら
心は一転歓びに変わるでしょう
とんぶりはきっとキャビアに替わるでしょう
カニカマはきっと松葉ガニになるでしょう
とびっこ*はイクラに打って替わるでしょう
椎茸は松茸に取って替わるでしょう
静寂の秋たけなわの佇まい
敷きつめられた散紅葉
心の濃淡ひきずって
私の流儀ですすむだけ
*とんぶり ほうき草(コキア)の実
*零余子 自然薯の珠芽
*とびっこ 飛魚の卵
空気 吉田定一
職場の空気が読めなくて
ノイローゼになり 鬱(うつ)になった男が
過呼吸で倒れて 入院する
精神科のひとり部屋の病室で
点滴を打たれながら
空気を吸ったり 吐いたりしている
ようやく退院して
職場の空気も読めるように回復したのか
彼は会議の時でも 同僚の顔を読みながら
ときおり深呼吸しては
気持を整え 自分をリセットしている
ああ、空気が人を 呼吸困難にする………
どんなときにも自然のまま
空気は 読むものではなく
口を閉ざして
鼻から吐いて吸うものだ――
自分って 加納由将
どこまでが
遊びなのか
どこまでが
経験なのか
誰も教えてくれなくて
気持ちよく帰っても
一言で台無しにしている
自分に気が付かない
ただ言いたいことを言って
自分はすっとするのだろう
脳幹でも切ってもらって
自分の言う通りの
時間で帰ってこさせられる
代わりに全ての段取りをし
たぶん風呂は自分で入れて
自分を追い詰める
残暑は限りなく 中西 衛
風速計は
ぴたりと止まり
朝から激しく
蝉が鳴きだします
熱気に押され
満員電車の車体がきしみます
暑いときにかなわないのは
満員電車に赤ん坊の泣き声
中年女の厚化粧
西日に屁理屈
中年男の髭面 とか
シャツがしだいに
汗ばんできます
静かな住宅地の午後
サルスベリの花か
音もなく散ってゆきます
色褪せて
くすんでゆくのは
華やかだった愛の肢体
光炎は
長い 長い影を引きずって
ビルディングに反射する
ホテルの玄関は閑散で
彼らの
黒いベンツはまだ来ない
ホテルの駐車場にて
<長編詩>アートマンの唄Ⅱ ~ピラミッド・パワー~ マキ・スターフィールド
1
ほら、また一つの空間の前に
大天使アートマンが 現れた
これから偉大な世界へ導かれる運命が
突然の暗闇と 様々な光が現れて
繰り返された後、目の前が黄金の光に包まれた―
2
何かプリズムみたいな光が通り過ぎる
地球が生まれた頃からのピラミッド・エネルギー体―
実はその周りを地球が回転している
その光は あふれんばかりに輝いている
3
わたしは光に飛びつく
わずかに指先が引っかかった
「ピラミッド・パワーを知っているか?」
アートマンが突然尋ねた
「エジプトのピラミッドのことかしら?」
彼は首を横に振った
4
すると新しい光が降りてきた
わたしの体が浮いていく
ああ わたしはどこへ行くのだろうか
大きく世界が一回転して
わたしが上になる
雲よりも高く見上げる
足先に 柔らかい雲
5
「地球の地軸がある角度に傾くと
光のピラミッドが通る通路が他の通路に入る」
アートマンの言葉に驚き、わたしはそれを理解しようとす
る
アートマンは再び地上を指差した
そして微笑んで言った
「非常に簡単に世界が理解できる」
6
わたしは地球の暗闇に入った
麻痺するほどの大きい放射能が充満し
わたしを取り囲む
無数の柔らかい光
7
血の気のない木が窓から見ている
地球の中で繰り返される核実験
太陽エネルギーのバランスも不安定になり
地球の内部の歪みが大きくなる
地球の回転速度も落ちる
落ちる わたしは落ちた
8
わたしは夢を見ていた
ピラミッドの光が蠍座の方向に差した時
不安を覚えたのだ
それは水星や金星によって
太陽エネルギーが遮断され
地球が低い状態になったため
エネルギーバランスが狂ってしまったのだ
9
アートマンの声は響いた
「蠍座の近くのアニタレス星に
三本の磁力線と時間の三次元と空間の三次元と
合成した中心部がある、
そこにピラミッドから変質した
四次元エネルギーが放射されると
地球は不規則な軌道に乗って
銀河系を離れてしまうのだ」
10
ある空間に放り出された地球の孤独な姿は
夢から覚めたわたしにとって
悪夢のように見える
でも、その一つの窓に
わたしは、一人の光の天使を見た
アートマン!
大天使と呼ばれ、創造主の中から生まれた最高の光―
しばらく わたしは、恍惚として
うっとりと彼を眺めていた
11
彼と一緒にいると
なぜか記憶が蘇ってきて
ピラミッドの光を感じていた―
かつてエジプトに現れた賢者が
ピラミッドを建てたのは
悪の人々の魔法の力を封じるため
12
度重なる戦争にもかかわらず
ピラミッドは破壊されず今も残っている
やがて
ピラミッドの中の
大霊王の魂が
わたしに近づき
大神官たちに守られ
こちらに手を差し出す
あの 不思議な光が降りてくる
13
ピラミッドの謎を解かなければ
永遠の命は解き明かされない
人間にとって、善とは何か
何が悪か 何が存在なのか
何が実存しないのか
考えろと彼は伝えようとしているのか
14
このままピラミッドの光を浴びながら
謎が解けないまま
大霊王の幽霊に悩まされるのか
ピラミッドの謎を知る人は
未来と過去を知るという
あのピラミッドの頂上に座す人は誰なのか
15
さあ アートマンが
次の空間へと案内するという
暗い地球の上に差す
ピラミッドの光
わたしは一人 この夢のような空間に
飛び出された―
初めて
「人間とは何か?」
アートマンの問いかけがどっと浴びせかけられてくる
あなたの瞳 水崎野里子
あなたの黒い瞳
まん丸でピカピカ光ってる
不思議なの 人間がこんなきれいな瞳
持っているなんて
黒水晶 黒珊瑚 黒硝子 黒大理石
どんな作り物も
あなたには かなわない
あなたの瞳が何を映すか?
きっと汚さを外した
人間の姿 世界の姿
ごめんね 人間は いつでも
そんなに澄んではいなかった
明日 あなたに会いに行く
玄界灘が 荒れても
颱風が 追いかけて来ても
きれいな人間を あなたの瞳に映す
そのために
きれいなあなたを抱きしめる
そのために
地球が逆に廻る
その時間のために
モーツァルト広場 水崎野里子
行き交う 雑多な人々
雑多な色が はためく
土産物屋 レストラン
広場に立つ モーツァルト
風が 息をする
空が 巻き上がる
遠い 雷
古いローマの馬たちの 噴水
鐘の音は途絶えた
モーツァルトはそっぽを向く
風が語る 音楽
雲の 楽器
時間の 奔流
(2019年8月下旬ザルツブルグにて)
表現の不自由展・その後 下前幸一
匿名の恫喝に曝されて
少女は隔離されていた
暗い展示室に閉ざされて
有無を言わせぬ敵意の
千のつぶてに抗いようもなく
幼い赤い頬のまま
少女の背後に蠢く
政治の思惑と忖度
この民族の闇に巣食う
無意識の共謀
歴史を修正し、処分するという
「従軍慰安婦」とは
なんという呼び名だろう
拐かされ、騙され、閉じこめられた
吹きさらしの黄土の家で
飢えた兵隊の順番待ちの行列に
「日本人の、国民の心を踏みにじるもの」
河村たかし名古屋市長の
恥ずべき言葉に踏みにじられたのは
語りきれない痛みと疼き
足蹴にされた記憶と
無言の希求
隣の空いた椅子には
誰がいたのだろう
いま誰がいるべきなのだろう
この国の暴力に弄ばれた
いたいけなチョゴリの隣に
何を見るべきなのだろう
ひとり、またひとりと
ハルモニが亡くなっていく
検定に削除された存在と
取り残された思い
座る者のいないその場所に
政治的であることを弾劾する
政治の策術と
居丈高な閣僚声明
おびただしい和の沈黙に
表現の自由はあとずさるとき
ある晴れた冬の日
私は路線バスに揺られていた
何とはなしにふと見ると
人々が行き交う歩道に
少女像がひっそりと
何にも埋もれることはなく
沈黙の祈りに佇んでいた
そこは韓国・釜山
ある晴れた冬の日のこと
日本国総領事館前の歩道
私たちは近くそして遠いけれど
その場所から
ゆずれない政治の基本 中島省吾
政治家が
若い人の子作りに福祉を注ぐか
そのために若い人が選挙に行けと
歳いった人の福祉は見直し
障がい者向けの福祉政策は見直しと
そんなことを言っていますが
ワイドショーでやってた「連休のトラブル」で
インタビューに答えていた海外旅行の飛行機で揉めたという夫婦は
「弁当は漬物から食べるべき」
と
言って揉めていたようですね
そんな方々に
あえて
働かずに
福祉を注ぐべきでしょうか
疑問になります
たまに
ブログでも
こんな奴います
やはり、政治の根本は
弱者を守るべきだと
思います
地下から地上に上がった地下鉄 中島省吾
愛の景色を見たい
僕と君が遠い世界で
二人並んで立っているんだ
妄想にはしたくない
いつか僕はデジャビュを作り出す
一人立つ
朝の景色
回想
流れ出す
地下から地上に上がった地下鉄
満員電車に揺られながら
僕は遠い世界の君のことを考えているよ
ヒマだけど
わけもなく虚しい
暗闇から地上に出て光を浴びる
そんな地下鉄みたいになりたい
いつか僕の背中に君を乗せて
君と地上世界の光を見たい
光を叫ぼう
ご出身はどちらですか 斗沢テルオ
私ですか青森です
あゝ青森ですか リンゴですね 青森はどちらですか
十和田です
あゝ十和田湖ですね
えゝ 十和田湖です訪れたことありますか
いいえ 行ったことはありません魚は釣れるんですか
ヒメマスが養殖されています
あゝヒメマスね
知っていますか
いいえあまりよく知りません
(俺もよく知らない)
そちらのご出身は(しまった つい聞いてしまった)
生まれた場所ですか育った場所ですか
(面倒くさい人だナ)どちらでも
生まれたのは産院らしいです育ったところは―
(あっそ もういいです)
ところでリンゴって何種類くらいあるのでしょうかね
よく分かりません(リンゴ農家ではありません)
青森では毎日リンゴを食べてるんでしょうね
(なんで)さあ 私は毎日は食べませんが
周りはリンゴ畑なんでしょ
いいえ違います私の町はりんごはあまり
そうなんですか ところで津軽弁は使わないんですね
(そっか 他所からみれば青森人は皆んな津軽弁で
毎日りんご齧って暮らしてて家の前は風光明媚な
十和田湖で 俺だって「出身は鳥取です」と
言われればあゝ砂丘ですねと日本一ですもんね と
実は日本一は青森の猿ヶ森砂丘だと知ってても)
人は常に出身地を背負って生きている
甲子園では最初は地元青森 負けると次は東北 次は
東日本 そして結局最後はどこでもいい強い高校なら
芥川賞作家高橋弘希氏は母の実家の十和田で生まれた
というだけの繋がりで
受賞を機に名誉市民にまでなってしまった
地元をよく知らない興味もない俺にとって
ご出身はどちら には閉口
日本国です と答えることにしよう
<PHOTO POEM>相棒 長谷部圭子
冬の相棒
楽しい時は ひらひらと軽やかに
哀しい時は しゅんと肩を抱いてくれる
擦り切れた袖口
糸のほつれた裾の傷
小さな 日常をそっと記憶して
銀色の冬を共に刻む
キャメル色のいつもの相棒
立っているのは? 尾崎まこと
立っているのは
誰ですか
骨ですか
血ですか
昨日の僕ですか
立っているのは
誰ですか
陽炎ですか
幽霊ですか
明日の思い出ですか
座っているのは
誰ですか
言葉ですか
全くでたらめですか
絶望ですか
歩き始めたのは
誰ですか
愛ですか
愛ですよ
愛ですよ
Who Is Standing? 翻訳・山本由美子
Who is standing?
Who is it?
A bone?
Blood?
Or the me of the day gone by?
Who is standing?
Who is it?
A mirage?
A ghost?
Or a memory from tomorrow?
Who is sitting?
Who is it?
Words?
Complete nonsense?
Or despair?
Who started marching?
Who is it?
Is it love?
Yes, it is.
Love it is.
この一行に 木村孝夫
雪の詩を書きたいと思っていたのだが
今年の冬も
この一行に積もる雪は降らなかった
今朝も寒々とした原稿の上を
雪雲は歩いていたが雪の形にはなれなかった
一行の始まりに考え込んでいる
やっと書いても
一夜中、雪探しに疲れ果てるばかりで
朝日が昇る前に
その一行の上に雪が降ることはなかった
*
ある詩人は言う
詩には感情が入るから長短の起伏ができる
そこに積もる雪を
私もみて見たいと
雪国ではないから
そこに降り積もる雪のことがわからないというのは
理由にはならないだろう
思うようにならないものが多いからといって
自然の中にあるものを
心の外に捨ててはならない
*
雪の詩を書きたいと思っていたのだが
今年の冬も
この一行に積もる雪は降らなかった
この一行を持って
この詩の結論を出すことはできないので
原稿の余白が埋まらない
感情が沢山入り込んだ一行の始まりが
冬の温度計の中を
行ったり来たりしていたとしても
今年も積もる雪は降らなかったが
放射能という言葉の前では
降っても今は、口の中に含むことができない
おしまいなさいましたけ 山本なおこ
おしまいなさいましたけ
向かいの家のお嫁さんだなと思いながら
すぐに出ていくのが惜しいようで
もう一度声を聞きたくてぐずぐずしている
おしまいなさいましたけというのは
夕暮れ時のあいさつ
もう日も暮れてきたけれども
農作業をしまいにして家に入ったかどうかと
問うている
おしまいなさいましたけ
食べられませか
向かいのお嫁さんの
笑顔といっしよに
カゴいっぱいのさやえんどう
くちなしの花の匂う戸口で
私も
この美しいあいさつをそっと言ってみる
おしまいなさいましたけ
*おしまいなさいましたけ 富山の言葉。仕事、日課が終わりましたかの意。
道 左子真由美
どこから どこへ 通じているのか
空の上から 鳥は 見ている
その夜 新しい道が ひそやかな小道が
眠っている街の 家々の間から
蜘蛛の糸のように 白く 光りながら
草原を縫って ほそぼそと 開けていくのを
それは 一条の祈りのごとく
大地に引かれた白い筋である
その道を 夜ごと 歩くひとがいる
風と 樹々の間を
ひたむきに 歩くひとがいる
砂絵 藤谷恵一郎
すぐ波が消していく砂絵
それでも
美しい砂絵を描こう
夢のある砂絵を描こう
わくわくする砂絵を描こう
悲しい砂絵だって素敵だ
波が
風が
すぐ消していくがいいではないか
人生そのものが砂絵なのだから
永遠は命の砂絵から飛び立つ
宇宙のアーカイブへ
ぼくの砂絵の横に
おまえたちの砂絵が並んだら
どんなにいいだろう
ぽつんとぼくの砂絵
波が消してゆく
核兵器 藤谷恵一郎
核兵器は夢見ている
三度四度使われることを
核兵器は夢見ている
使われやすく進化することを
核兵器は夢見ている
次世代三世代目と繁栄することを
核兵器は夢見ている
人間を支配することを
核兵器は夢見ている
核兵器が閃光とともに降臨する祭壇を
人間が作り出すことを
ぼくの耳 藤谷恵一郎
ぼくの耳の耳小骨から無機質な触手が
悪魔のように
道化のように
暗号翻訳機のように蠢く
ぼくの耳の卵円窓に 聖人と狂人が
悪魔のように
道化のように
預言者のように張り付いている
言葉をもたないものがぼくの言葉をつかって
ぼくに囁きかけてくる
ぼくの耳が近く遠く
潮騒を聞く巻貝であればいいのに
燃え上がる六月 藤谷恵一郎
六月上旬
球場のある公園で
夾竹桃を眺めていると
「燃え上がる六月」の絵の女性への
想念とも情念ともつかぬものが脳裏をとらえた
女性は命の喜びの放恣なまでの予兆に微睡んでいる
甘美な光のなかで
オレンジ色の薄衣が肌を乳房を肢体を露わに包んでいる
予兆はすでに予兆ではなく顕現されたものであることを
薄衣のオレンジ色は語っているのかもしれない
地上に降った眠る夏の女神のように
うつろわないものは
うつろうものの最中に息衝いて
光となる
炎となる
人通りの途絶えている住宅街の小道から
少女が自転車で公園に入って来た
目のあった少女は
少年ナルキッソスの戸惑いと恥じらいを見せ
私の視線をテニスのラケットに誘い
快活に通り過ぎた
私は老いた神話の翼を閉じ
夕食の買い物に出かけた
そして一月は過ぎて
昨日の雨の泥濘が残る公園で
高校野球の応援歌がチームに 青空に
高々と響いていた
*豊中ローズ球場
**フレデリック・レイトン作「 フレイミング・ジューン」(1895年・ポンセ美術館蔵)
コスモス(cosmos)
たとえ矢印がついていなくても
苦しいとき
無言で揺れていたものが
道しるべだったのだと
ずっとあとでわかる