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172号 次世代に伝えたい詩(ことば)/追悼 佐古祐二

172号 次世代に伝えたい詩(ことば)/追悼 佐古祐二

公孫樹   苗村和正



ひとむかしまえ
石臼を作って暮らしを立てていたという伊吹山麓の
小さな集落で
幹回りが四、五メートルもあろうかと思われる
公孫樹の巨木に出逢った

扇の形をした公孫樹の一枚一枚の葉は
二億年の時空を生きて
原始植物の原型をいまも強靭にとどめているという

神さびた古い社のまわりには
鈴をまきちらしたような公孫樹の黄色い実が
足元があやしくなるほどたくさん散乱していた

道路ばかりは銀座なみに立派だけれど
もう人が住みつづけることができないほどに
ここは過疎地だ
まだ独身のころに妻が勤めていた小学校の分校
もう廃校
山の小動物たちの住みかとなった
少しさみしそうな目をして案内人の友は笑った

こんどは山桜が咲く季節にこようか

一粒の砂   藤谷恵一郎



一粒の砂があるということは
宇宙があるということ

一粒の砂があるということは
億年の時の広がりがあるということ

一粒の砂があるということは
豊かな水があるということ

きみがいるということは
未来があるということ

剥製   佐々木貴子



飾られていた。隣には眼球のないイノシシが
いて、ふたつの窪みを動かし、わたしを一生
懸命、見ようとしていた。あんた、いつから
ここに、と言おうとしたら、わたしには舌が
なかった。イノシシはわたしの口の中に舌が
ないことを黙って確認し、舌の代わりに言葉
をそっと滑り込ませてくれた。言葉は口に沁
みて痛かった。ねえ、あんたのその眼、誰か
にえぐりとられたの? 舌のないわたしの口
から言葉がはっきりと生まれた。イノシシは
わたしの声を聞いて喜んだ。窪みにいっぱい
涙を溜め、わたしの身体を抱きしめた。わた
しはイノシシにもらった言葉で言った。そう
よ、イノシシ。あんたにあげる。わたしの眼、
ふたつもあるから。あんたはこの眼で見れば
いい。わたしは片方の眼をえぐった。イノシ
シは初めて剥製の姿のわたしを見た。「きみ
はみんなから愛される存在になったんだよ」。
わたしが知っていたのは、遊ばれ、汚され、
孕まされ、捨てられる、そういう種類の愛だ
ったけれど。わたしは自分で舌を抜いたのか
しら。誰かに舌を抜かれたのかしら。イノシ
シからもらった言葉と、わたしのあげた眼球
が共振しているのを感じた。もう、わたしに
舌なんていらない。好き、とイノシシに告げ
た。イノシシはわたしの眼でわたしを見つめ
た。「ぼくは恋をしたんだ、人間の剥製に」。

平凡な日々   佐藤勝太



あなたは今どこで
如何されているのですか
私たちの世間は何んら
変わることはなく私は独り呆然と
いつもの街の流れを眺めて
雑踏の中をぼんやり歩いている

川辺の木々の音を聴きながら
いつか何処かに何か良いことは
ないかと地平を見渡して
青空を見上げて
新しい何かを探していた

「五月祭」の思い出
「プーシキン美術館展―旅するフランス風景画」を観て   斉藤明典


「五月の木」が田園の一隅に立てられ
その周りに集い 踊り 談笑する人々
パテルが描いたのは280年前の貴族たち
聖書や神話・古典文学に創意を求めない
黎明期のフランス近代風景画 というより
上流社会の生活のひとこまだ

五月祭は元々古代ゲルマン民族の祭り(*)だ
キリスト教が古い神々を駆逐したが
人びとの心には残ってずっと続いている
特にカトリックはプロテスタントほど徹底せず
むしろ内に取り込んで共存も図った
カーニバルがカトリックの国・地域に多いのも同様だ

ぼくの「マイバオム」は
ミュンヘン郊外の村や街
春の訪れを喜び 豊かな収穫を願い
気取らない人びとが 飲食し 歌い 踊る
日本の春祭りは 山からの神 あるいは氏神さまに
田植えの予祝をし 秋の豊作を願い祈る

マイバオムは単なる棒柱ではなく
美しい飾りが取り付けられている
パン屋 肉屋 靴屋の看板 馬や教会も
日常の生活と心の表現でもある
一番上には丸い輪がぶら下がっている
愛の便り…男と女のシンボル という説もある

休日の五月一日 朝早く自転車を出して
近くの村を走り 電車に乗って少し遠くにも
マイバオムの写真を撮ってまわる
青と白の「菱の旗」はバイエルンの象徴だ
黄色く広がる菜の花畑は視界の果てまで
その足でオフィスへ 今日もぼくは仕事だ

ひと仕事して 同僚たちと昼食に出る
街の一角には 青と白との菱型模様
「五月の木」の周りには大勢の人々
早速仲間に入れてもらって 先ず無料のビール!
ソーセージ ザワークラウト そして塩パンを注文
楽しんだ後は また仕事にもどる

モグラたたきのような「ノミつぶし」作業
今日もソフトウェア会社のミスで傷が深くなる
夜も遅い このへんで打ち切り また明日に
ドイツ人マネジャーが家まで送ってくれる
朝乗って出た自転車も一緒に積んで
五月祭の雰囲気は楽しかったが 仕事は重い

翌朝の南ドイツ新聞に 五月祭の記事
マイバオムのために木を切るのは
無駄で自然・環境破壊だ と読者の投稿
支持する意見も次の日に載った
クリスマス・ツリーに使った木の再利用だ
保管して何年も繰り返し使っているとも

それに みんなで木の枝を取り
飾りを作って取り付け ロープをひいて
20メートルもある大木を立てるのも
人びとが協力してやる喜びがある
良いことではないか そう言えば日本にも
勇壮な木落し 諏訪大社の御柱祭り



        *起源は不明 あるいは古代ローマ説もある

ことばの女神   田村照視



それにしてもあなたは美しすぎて
追いかけても 追いかけても
抒情の風を孕らませ
頬笑みと冷やかな言葉を残し
世俗にまみれた わたしの前から
いつしか消えていった


あなたをはじめて見染めたのは
傷だらけの青春の日々
道に迷い彷徨いながら
幻覚を追う虚しさ
孤独の季節は終わらない
甘美でふくよかなその胸に
顔を埋めて永遠に生きられると


無情な現実の世界に引きもどされて
影のようで翳のようなあなたは
わたしの言葉を剥ぎとった
実業の世界には潤いはない
別離の傷あとはふかく
胸の奥に棘は刺さったまま


世間から年寄りの烙印を押され
味気ない暮らしがつづくなか
はからずも再会できた日
言葉は復活して甦り
光と影と風とに彩られて
再びあなたを追い求め
霧深いなかを生きる

逆転   牛島富美二



退職して時が余ると
日々に罪意識に苛(さいな)まれて
その意識を苛(いじ)めるために
散策やジムへ奔っていた
そんなあの日
震度7が罪を吹き飛ばし
散策をジムを吹き飛ばし
退職前の心も吹き飛ばし
ひたすら食べものを探し求める
生命維持に奔り回る
心の襞(ひだ)の切れ目が塞がり
震度7が生き物を自覚させる・・・
という境界体験

春なら未熟な鳥の羽となって散り
秋なら紅葉前に落ちた木の葉となり・・・
けれど
朽ちたものたちは朽ちたままに
何もないものなりの開き直り感
散った羽は土壌で暖まり
朽ちた落葉はねぐらとなる
何もない虚無の充実感が
やがて満ち始める充実感

木蓮並木の落葉を踏む
中学生と思われる女生徒が
自転車で踏んで走る
その一枚を拾う
靴で踏んだ一枚と比べる
共に鮮やかな迹を残している
落葉の充実感

遠近法のように   吉田定一



こうして風景を眺めていると
世界と和解しているような気持になってくる

近づき過ぎても 遠く離れ過ぎても見えない
きちんと見えるためには ほどよい遠近が必要だ

こうして風景を眺めていると 建物や樹々が
足元から退いていったように 少しずつ小さくなって

すべての事物が遙か愛おしいもののように
一枚の風景画となって 窓枠に収まっている

見るものと 見られるものとの
美しい遠近を諭しているかのように

こうして見ている私も 
遠近法に収まっているのだろうか

遠く遙かなものから 眺め見られているように
ああ なんと私を小さくさせることか

ちるも良し   神田好能



ちるも良し
落ちるも良しと
想えども
赤くちる
もみじにことよせて……
わが人生も赤いまま
散ってみたいと
一人言

花と茎だけの   ハラキン



花と茎だけのヒガンバナ
忽然と
辺りを払い

花と茎だけのヒガンバナ
忽然と
真っ赤に燃える

葛城山の畦道に
降り立った役行者の隣に
忽然と

蜂起せよフィクション
彼はヒガンバナを愛した
シネマ『役小角とヒガンバナ』

死人花 幽霊花
捨子花 地獄花
俺は痺れるぜヒガンバナ

「五色の雲に乗りて仙人の洞に通ふ」

天界と霊界の
メッセージを震えながら唄いつづける
花姿
蔵王権現の六方みたいで
俺は痺れるぜヒガンバナ

「官の使いを遣わして捕えしめ給ふに
空に飛び上りて捕えられず」

花と茎だけのヒガンバナ
忽然と
真っ赤に燃える

花と茎だけのヒガンバナ
忽然と
行方晦ます

太郎は   ハラキン



 太郎は 不可思議なオーディションに応募した。顔に
は自信があった。顔が個性的すぎるなあ。彫りが深く目
が大きく個性的すぎる。これではかんたんに特定されて
しまう。安易な叙情にもつながりやすい。という審査員
の判定にしたがって 太郎は 不可思議な「顔のトンネ
ル」をくぐれと指示された。中に入ると約束の闇だった。
暗黒のダンサーの手先のような触覚が 太郎の顔を揉ん
だり つまんだり したたかに叩いたり なにやら施術
をほどこされるうちに トンネルを抜けた。
 こんどは肉体。筋肉がつきすぎだな。これほどの筋肉
美はなかなかいない。しかも脂肪が少なすぎる。ひとケ
タだろう。刺青の昇り龍も背中で咆哮している。これで
はかんたんに特定されてしまう。という審査員の判定に
したがって 太郎は不可思議な部屋で暮らせと指示され
た。暮らせ?「微速度の部屋」という表札がかかってい
た。入ったとたん 壁の時計の針がみるみる回り 太郎
の動きも 数秒で花が開くように微速度になった。微速
度の中で三食を食べ 就寝する。筋力トレーニングは絶
対にしない。時々 微速度の理学療法士がなにやら施術
をほどこす。或る朝 外に解放された。
 言葉で形容できないほどの顔、肉体。つまり何度見て
も記憶に残らない普遍性の顔。美しくも醜くもなくカメ
ラが被写体にも出来ないほどの抽象的な肉体。
 審査員が合格を告げた。続いて審査員は太郎に 最近
どんな小説を読んだ? と聞いた。太郎は小説って何で
すか? と訊き返した。きみは自分のことどう思う? 
自分って何ですか?

 抽象についての或るエピソードが記述された。

僕は人々から   ハラキン



 僕は人々からほとんど注目されない。職業名がかろう
じて認識されている程度だ。今朝 通勤のため家を出る
ときに妻から 「ついでにごみを出していって」と言わ
れた。妻とは一緒になってもう三十数年になる。二人の
息子は当然ながら父親と同じ職業に就き 上は三年前 
下は昨年 結婚した。
 我々夫婦は 勤め先から近い寮に住んでいる。僕と同
じように仲間たちも 人々から注目されないことに疎外
感を抱きながらおとなしく暮らしている。だが酒が進む
と愚痴が止まらなくなる。
 僕の勤め先は 第一の地獄とされる等活地獄である。
憎くは無い いやそれどころか これから果てしのない
拷問を受けるわけだから むしろ気の毒だとも思いなが
ら 堕ちてきた罪人たちを責めさいなむのが僕の仕事だ。
槍で刺し貫いたり 苦痛に暴れまわる罪人を打ち損ねな
いように 足で踏みつけて動けぬようにして トゲが生
えた鉄棒で殴り続ける。罪人 言い換えれば亡者は 肉
がちぎれ骨が粉々に砕かれる だが命が絶えることはな
い。一陣の風が吹けば再生してしまうのだ。これが僕に
とってはやりきれない。このやりきれなさが 来る日も
来る日も続くのである。
 獄卒の残忍さが話題になることは無く 地獄の恐ろし
さばかりが語られる。人々から注目されないストレスは
溜まる一方だ。出世の話もこれっぽっちも無く 閻魔様
に会ったことも無い。
「獄卒は本当の生きものではなく 罪人の業の力によっ
て作り出されたものである」。僕は幻影なのだろうか。
同僚の酒の誘いを断わって 今宵 妻の手料理である肉
塊を食べながら憂鬱な思いに沈んでいた。

見つける   加納由将



やつれた顔の自分に気が付く。何にそんなに焦っ
ていたのかと思うが思い出せずただ習慣がセミの
抜け殻のように体内のどこかを転がっている感触
はあるのだが見つけられなくて探している。見つ
けて人差し指でつぶすと心地いい感触と共に抜け
殻の形はなくなり焦りもなくなるかもしれない。

天空の文法   髙野信也



音節が光一粒ずつ咥え
世界をつぶさに描きながらも
海馬に荒れる逆風は無限回廊を越えず
文法の疲れた果てが眼前の理解限界線となる
ならば
ルール手放す決意を持てれば
世界は過去様を捨て去るやもしれぬ
文が言葉が成り立ちを捨て
時のない文法を手にした朝には
時間軸持たぬ世界の希望
奥裏たどれば表打つメビウスに沿う
三次元ひらがなは何面体?
セントラルドグマが席譲る朝焼けの
神の文法を夢見たりする自由

こんなこと 天国ならば
あたりまえのことなんでしょうか
ねえ さこさん

破壊色の庭   髙野信也



ハチの巣ができたのよ
固定電話の狎れた声
ここもいよいよ 老人ばかりだ

殺虫剤の缶抱え 流行の西洋庭園へ
マルハナバチ ぶんぶんふわり 花わたる
よかったな 安全な種類だ
巣も一年限り よそに行きます

なぜ叫ぶのですか ウソ泣きですか
紫髪揺れる 紅さした頬なお赤く
「頼みましたよ もう」
確信犯は隠れ家へ消える

思えば こんなことばかりだ

ならば 風下にまわって吹くから
少しだけ みんな離れてくれないか
危険を悟り しばらく逃げてくれないか

けれど 人影に 針尖らすこともなく
毒霧におろおろ揺れる 困惑の妖精
あっ 落ちる ひとつ また ひとつ
音弱くまばら 翅の影濃く 停止
命が抜けると これほどに小さくなるものか
軍手でそっと集めれば土色

終わりましたよ お婆ちゃん
窓の向こう白マスク 封筒に千円札
お気遣いなく 町内会長の仕事です

誰も伝えてくれないでしょうが
ぼくらふたりも いつか何かに見下ろされ
わけわからぬまま 小さく死ぬよ
我儘文明 選んで外れた坂道だ

足元に微かな翅音
どうか
そのまま 待ってください
あなたの兄弟 亡骸ふたつ埋めたら
眠る姫ごと
菜の花畑へお連れします

罪深き者の約束として

その地に立つ   斗沢テルオ



鉄の雨容赦なく降り注ぐ
1945年4月沖縄
ひめゆり学徒一高女4年石川いそ子さんの
お姉さん清子さんは大腿部を負傷
撤退担送中にも被弾
解散命令のでた第一外科壕(ガマ)に
残されることに
一緒に残ろうとする妹を
「貴方一人でも助からないとこの事実誰が
伝えるの 早く行きなさい」と叱り
壕の奥深く小さな蝋燭の明かりで
本を読んでいたという
ひめゆり平和祈念資料館でこの事実(*)を知って
直様タクシーを飛ばした
その地に立たねば――

「まだ遺骨が眠っていますから
静かに歩いてください」
と運転手に案内されたガマは
闇が幾重にも重なっていて
膝が固まってしまった
この闇の中で小さな蝋燭の明かりで
清子さんの読んでいた本とは――
弾雨くぐり抜けながらも
片時も離さなかったその本とは――
戦火にあっても死にゆく体力にあっても
本を読みたいという欲求は青春の証
ガマの闇に立つことで
聞こえてくる慟哭
見えてくる過去と未来

その地に立つことで
創造力は時空を超え
その地の歴史に決意する

今また僕は
その地に発ち
その地に立つ
アウシュビッツ――


  *ひめゆり平和祈念資料館ガイドブック・大見(旧姓 石川)いそ子さん証言より

鳥彦   葉陶紅子


     “We shall not cease from exploration
        nd the end of all our exploring
      Will be to arrive where we started
    And know the place for the first time.”
            T.S.Eliot, Four Quartets

わが白き麻衣 萌黄に染めて
背子(せこ)鳥彦よ いづこに発つや

わが小暗木(おぐらこ)の間(ま)に 顔を埋めつくし
呑みつくさんか 熱き血潮を

ハイビスカス 角髪(みずら)に挿して嬥歌(かがい)せし
こころひとつに ふたなりとなる

楽人の異形に魅かれ 巣籠もりを
棄て鳥彦よ いづこに飛ぶや

掌中の虹を贈らん 鳥彦よ
そを膚に着て 異朝旅せよ

まほろばの采女(うねめ)となりて 鳥彦よ
なれが帰還を 待つを忘れな

彳(たたず)みて 時移ろうはながむべし
旅路の果てに たどり着く場所

古裂   葉陶紅子



編みゆくはおのれの膚ぞ 花や葉の
空山川の 季節散りばめ

膚の下覗けば ラピスラズリの夜
星の叡智を 古裂に綴じる

膚に負う傷痕ごとに きららめく
古裂の妙(たえ)よ 〈時〉は微笑む

簾(みす)ごしに 訪う微風(かぜ)にめくりあぐ
古裂の膚の 匂いゆかしも

1,000年の命を乞いて 精霊に
木にされし夫(お)よ 恋し! いづこに!

わが膚の古裂の匂い かがずして
立ち枯れゆくは口惜しき 夫(お)よ

われ天女 古裂の膚をはためかせ
地上に舞える 夫(お)よそを嗜め

ダハズ農園にて   下前幸一



石垣市平得大俣(ひらえおおまた)
開南(かいなん)十字路から
自衛隊ミサイル基地予定地へ
生い茂る藪をかき分けるように
軽トラを走らせた

行き止まりの場所には
「ダハズ農園」の手作りの看板
「農園だはずよ」石垣の言葉で
たぶん農園ですよ、という
ゆるやかな自称

森の中の生姜の畝
尖った葉のバイナップルと
インド藍の小さな丸い瞑想
観葉植物の
前世紀のささやき

藍を育てて染料をつくる
藍を育てて紅型(びんがた)を染める

娘の誕生を祝う
インド菩提樹の苗木
今は十メートルにも育った
節目節目の家族の肖像
長い旅が終わりまた始まる場所

曇り空からまた
微かな雨が降りてきた
霧雨がダハズ農園を押しつつむ
濡れた生命が息をつき
森の方から夕暮れが忍び寄る

何の告知もないまま
唐突に知らされたのは
基地予定地に組み込まれていること
八重山毎日新聞の配置図で

所有者の知らないままに
もてあそばれるように
農園の運命が決められる
「国の専権事項」という名のもとに

自分はアンチ・ミリタリズム
反軍国主義、反軍備、反軍拡で
自衛隊基地にも
土地調査にも協力はできないと告げたのに
返答もなく、なしのつぶて

ある日、農園のそこここに
伐採の跡と杭
枝には目印の赤いリボン
いつ、だれが
なんの目的で

ダハズ農園は
たぶん農園ですよ、という
ゆるやかな自称
人間が自分の都合で決めるのではなく
自然と一緒に決めるのだ

北の方から
今年もさしばがやって来た
於茂登岳のどこかで鳴きかわす声
しばらく休息し
さしばは南へ向かうだろう

ミサイル基地ができたら
風景の変わりように
さしばは迷うだろう
コンクリートに閉ざされた
固い地面に怯えるだろう

これから私たちは亜熱帯の冬へ向かう
基地のない石垣を求めて
基地のない沖縄を求めて
特別な場所の
大切な菩提樹のかたわらで

藍を育てて染料をつくる
藍を育てて紅型を染める





  11月9日、沖縄防衛局の職員が木方さん(所有者)方を訪れて、
  業者が無断で立ち入って、樹木の伐採や木杭の設置を行ったこと
  について謝罪をし、発注者としての責任を認める謝罪文を提出し
  た。農園の土地に関しても、今年に入ってからの測量業務の発注
  段階で除外していたにも関わらず、「説明をしていなかったこと
  は、貴殿に対する配慮が足りず、深くお詫び申しあげます」と陳
  謝した。

蝙蝠(こうもり)   山本なおこ



私が蝙蝠に触ってみたいと
思うようになったのは
夜行性動物舎で 蝙蝠を見てからです

逆さのかっこうで腕組みをし
眼球をともしたり
消したりしていました

夢想家のようにも
厭世家のようにも
正直者のようにも

また嘘吐きのようにも
頑固者のようにも
お調子者のようにも見えました

ともかく懶惰な熱情を
うつらうつらと空中ブランコをさせていることは
確かなようでした

それからです 温かい夕暮れ時
手を高く上げながら 神通川(じんずうがわ)沿いに
自転車を走らせるようになったのは

頭上をヒラヒラと旋回する 結び目のある
ハンカチーフのような蝙蝠に 触ってみたいと
手の中に包み込んでみたいと

郵便屋さんにお任せしたから   清沢桂太郎



手紙を書いて
郵便ポストに投函したとき
その日のうちに死んでもよいと
思うときがある

郵便ポストに投函しても
郵便屋さんがどんなに頑張っても
その手紙があの人に届くのには二、三日はかかる

それでも
郵便屋さんは二、三日以内には
必ず あの人に届けてくれる

だから 郵便ポストに投函さえすれば
私が死んでも 二、三日以内には
私の思いは あの人には届く

昨夜書いた手紙を
今日の第一便に間に合うように
郵便ポストに投函した

今日の内に死んでもよいと思いながら

郵便屋さんは
必ず 二、三日の内には
私の思いをあの人に届けてくれるから

あの人の胸に   関 中子



くりかえすとさみしくなる
くりかえすたびにくりかえす現実が新たになる
ひとりでいるあなた
ひとりの地平を窓にみはるかす
もう あなたはあの人
あの人は話さない

今日をくりかえすと何がかなうのかな
あなたをことばで包んで
そして色づけ
くりかえすと何がかなうのかな

あの人の肋骨
どんな音で鳴っているのだろう
わたしの胸に届くことばを探してくれているかな
あの人の響きをあなたがことばに変えたなら
あなたはあの人の胸にうずくまり
寄せる波の動きを聞きとるだろう
あの人の胸に沁みるあなたのわずかな愛
さみしく積もるわずかな謎
まだ あなたは話す
あの人はあなた

白雪   中島(あたるしま)省吾



小さい夏
小さい夏
見つけた
高い藤の丘に
白雪坊の木が鮮やかに
小夏のさわやかな風に吹かれていました
小夏がねえ君
君はなんで私を見守るのと言いました
白雪坊の木が言いました
僕はジャニーズやってたけど
悪い行いから木の妖精に弱者にされたんだよ
小夏が言いました
そしたら
私は毎日
ここの日陰で休もう
ありがとう
白雪坊の木が言いました

紅葉狩り   今井 豊



紅色のストールに
身をつつんだあなたは
紅葉にいどみながら
少女のように舞う
紅葉を下から見上げ
青い空を焦がす紅色が好きだと笑う

わたしはあなたの手を
つよく にぎりしめ
汗に濡れながら
あなたがもっている
愛のすべてに
わたしを突き刺した

転落   中西 衛



あわあわと
まっくらな天から雪が降る

閃光 一瞬
彼女は何を見たのだろう
盲いた目
すりへった視野で
用心ぶかく手探りしながら
ゆっくりとホームへと
階段を降りていったのか
いまも身が縮む
降りしきる雪
ふり止まず

寒さに耐えかね
いまも身震いする
数おおくの思いをのこし
みなの視野をかすめていった
 あの人―

薄紅色の花びらが散って
煩悩が火照る
宿業であれ現世の所為であれ
けっして納得できないまま
うすれゆく記憶の中の
ふっと戦く一瞬でもあった



                   (昨年電車事故で逝った詩人へ)

母の梅ぼし   田島廣子



ふるさと宮崎は 男尊女卑のひどいところ
五右衛門風呂も 母はいつも最後
囲炉裏に座るのも父の場所は上座
家に縛られ 男に縛られ
貧しく 自分のない 女たち
父の手足はきれいで 柔らかかった
母はよく働き 手足はごつごつかさかさ
布団のなかで母の足に触れると
ひび割れで痛かった
メンソレータムの匂いがした

母は 高校に入ると私に
小銭を新聞紙に包んでくれた
母は 下宿先に米を担いで来た
看護婦で働きだしたとき私を迎えに
母は傘を持ってバス停まで何度も歩いた
バスから降りると母は 嬉しそうに走った

五十三歳 母は大動脈解離で急死
血は普通の人の三分の一になり白かった
出産前の私は口元の血をふき化粧をした
母は 八重さくらになった
母の近くで寝た
縁側には廣子のお産に持って行くと言っていた
梅ぼしがいっぱいほしてあった
私は 一個歯でぎゅっと噛んだ

ともだちのともだち   平野鈴子



だれかええべんごしさんしらんかなあ
ともだちがこまってんねん
しょうかいしてほしいねんけど
そくじつれんらくつける

たずねていったのかもわからない
なんかげつたってもさたもない
べんごしさんにでんわでたずねてみた
あれとっくにけっちゃくずみやでのへんじ
ともだちのねんがじょうに
「らくちゃくしてよかったね」のひにくのひとことをかきそえた
ともだちも・そのともだちも
よわたりじょうずなのかもしれない
かんがえられないごくらくとんぼがぞうしょくちゅう
ためいきつきながら
かしばこかかえ
にしてんま
あしをひきずる
ひきゃくがひとり


              *西天満 裁判所の近くで弁護士事務所が集中している地域

京うどん   平野鈴子



和服姿の寄合帰りの旦那衆
齢(よわい)を重ねて味の塩梅(あんばい)知りつくす
「いつものもらおか」 と

利尻昆布・鯖節・宗田節の出汁は
たちまち異彩を放ち
簡素なだけに
味の決め手は手を抜けない
吉野葛でとろみを加え
お味は濃すぎず淡(うす)すぎず
卸し生姜を天盛(てんもり)に
つまむうどんに湯気あがる
絶妙の味かげん
飲み干さずにはいられない
腹の底までしみとおる
汗ばむほどの心地よさ
味の落としどころは
「あんかけうどん」

淡雪ちらつく石だたみ
自転車の板前が九条ネギかかえ走り去る

おじいさん   木村孝夫



冬の中にいるのに
冬のように寒いねと言っていたおじいさん
夏のときもそうだった
夏のように暑いねと言っていたおじいさん

笑いながらだから
言っていることは分かっている
昔からジョーク好きなおじいさんだから
いつものジョークだと思っていた

仮設住宅に一人で仮住まいをしていたときからだ
壁に向かって
小声で何かを呟くようになったのは

まわりが 小さな物音一つにも
敏感に反応していた頃だ

  *

一時帰宅は
おじいさんには堪えた

家の中は荒れ果て生活品も乱雑になっている
それを見ておじいさんは
もう帰れないと
その意志を絶ち切ろうと思った

それからだ独り言が多くなったのは

それでも 心配だから何回も家を見に行く
目に見えない葛藤が
行ったり来たりするらしい

生活品の一部だけでも持ちだそうとしたが
高い放射能が付着していて
持ちだしができない

  *

おじいさんの家の前には
バリケードがあって
マスクをした警備員が一日中立っている
僅か数十メートルの距離なのに
許可書がないと入れない

警備員に許可書を提示して家の中に入ると
すぐに柱と話をする
家の大黒柱だ
祈るような声がしばらくすると
涙声になってくる

この無情な帰還困難区域と言う線引きは
動くことはないのだろうか

帰る間際になると
家に向かって何回も何回も頷く
このときは、おじいさんの姿が透けて見える

一時帰宅の時間は限られている
新しい答えを見つけるまでいることはできない
古里は 頑なに
心を閉ざしたままだ

おじいさんは、一時帰宅のたびに
葛藤するものを背負って帰ってくるから
何日か寝込んでしまう

笑いながら
これが我が家だ
大の字になって眠れる我が家だ
と 言う声は未だに聴くことができない

それからしばらくして
おじいさんは自分のことを忘れてしまった

チェアの憂い   長谷部圭子



青いビロードのアンティークな椅子
懐かしくて 足を止めた
幾重にも 新しいスタイルに上書きされているけれど
その骨組みはきっと変わらない
右脚の小さな深い傷に そっと手を触れた
「色々な生地を纏ってきたけれど、私の心は変わらないの」
澄ました貴婦人のような 固い声が聞こえた
どんな色を纏っても 彼女にしか出せないフェイスがある
太陽の光さえも ビロードの椅子に賛美した
冷たく 繊細なサテン生地のときも
厚く 重たい ゴブラン織のときも
その時を享受し 静かに時を刻んで 彼女は役目を終える
「いつまで そこにいるの?」
私の問いかけに 彼女は躊躇いがちに呼応した
「壊れるまで・・・」
いつか終わりが来ることを 夢見るような
可憐な少女がそこに いた

何人(なんぴと)かわからぬものがきて   尾崎まこと



何人かわからぬものがきて、小さな猿のようなものを置いた。
何人かわからぬものが去った後には少しの可笑しみと哀しみ、しょっぱいお菓子のようなもの。
美しいものがそこにきて、時折彼を慰めた。

夜のコート   左子真由美



夜はコート
地球のコート
都会のビルの上にも
小さな村の教会の塔にも
虫たちのはねる草原
嵐の海にも
仕事を終えて疲れた人々の屋根の上
一日中泣いていた娘の窓辺にも
同じようにやさしく降りてくる
夜はコート
すっぽりと
かなしみも痛みも
暗闇のなかに溶かしてゆく
地球のコート
誰にもその大きさはわからないけれど
誰もみなそのコートのなかで眠る
そして
夜のコートが消えてゆくとき
かなしみは小さな雪の欠片となって
きれぎれに散ってゆくだろう
いつとは知れず
明るいひかりのなかに
泣いていた娘は少し強くなって
閉じていた窓を開けるだろう
夜のコートが
何十回目かの
仕事を終えて立ち去るとき

二〇一八年・秋の風景   水崎野里子



いつもの朝の体操の時間
まだ起きるのは億劫ではない
でも セーターで武装する

公園には枯葉が落ちる
子どもたちの遊ぶ 砂場に溜まる
掃く人はいないのか? 子どもの姿はない

樹々は葉を落とす 裸の木々が尖る
年輩の体操仲間は 黒いジャケットに衣替え
黒い毛糸の帽子 襟巻

十一月の末 晩秋 それとも初冬?
やがて我々は寒い日を生きる
生きなければならない 老いも若きも

若いお母さんは フード付きの乳母車を押す
あかちゃんは毛布に埋まる どこ?
あ 顔だけが見えた バイバイ!

来たれ 冬将軍! 
まだ負けません 木枯らし 豪雪
人間は季節と闘って来た

 年々歳々秋季巡環
 樹々落葉我白髪有
 晩秋来了招我玄冬

小詩篇「花屑」その13   梶谷忠大



 綿 虫


わたむし
ゆきばんば

視力の衰へた爺には
虫なのか 埃なのか
見分けがつかぬ
しばらく視てゐると
あをしろく
あやふく
自力で とんでゆく

高く 高く
天竺牡丹の
うすむらさきの
花のあたりまで
わが身を抜け出た
たましひのやうに

わたむし
ゆきばんば



 冴ゆるもの       梶谷予人


少女の声少年の声原爆忌


つくしんぼ俳句弾圧不忘の碑


夕映えて信濃の鄙の残り雪


在りし日のたゆたうてゐる冬木立


冬木の芽わが耳鳴りのはるかより


汝が胸の青きに吊るせ冬の月

雪が降る前   高丸もと子



雪が降る前は
匂いがするよ

そうそう オゾンの匂いだ
でも年をとるとあまり匂わなくなったなあ
それより遠くから声が近づいてくるような

わたしは
匂いも
声もしないけれど
気配がする
あったかいものに包まれていく
気配がする

旅の村で   高丸もと子



八海山の麓
雪解け水が谷に向かって走っていく
連打する太鼓のよう
夜通し ごうごうと

―眠れたかね
 旅の人には喧しいかもしれんね
夜明けにすれ違った老人が笑って言う

雪がまだ残る道端には
ツクシ
フキノトウ

大地からは太鼓
空からは光の矢
山より大きな獅子は出んぞぅ
生きていけよう

命あるもの
しゃんと立て
しゃんと立って
生きていけよう!

答えた   高丸もと子



宇宙の中の地球
地球の中の北半球
北半球の中の日本
日本の中の近畿
近畿の中の大阪
大阪の中の枚方
枚方の中の未来中学校
未来中学校の一年
一年の中の三組の
隣の席どうしのきみとぼく

いくつもの偶然が重なって
やっとここまで辿り着いた

ぼくが生まれてきたのも奇跡なら
もちろんきみも奇跡の人

教室に光がさして
一億五千万キロの宇宙と
今 タッチしている

先生がぼくに当てた
ぼくは咄嗟に
わかりませんと答えた

ここにいるわけ
ぼくは
――わかりません