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168号 生誕111年記念 中原中也

168号 生誕111年記念 中原中也

異郷   阪井達生



月のない夜 
村に着いた
白い息のなか
「いくぞ」の小さな合図ではじまった
「どこへ」わずかな疑問が残ったが
砂漠
形だけの都市を
通過するたび
生きる場所を探しているのがわかった

小屋にリュックごと倒れ
朝まで眠った
道に迷い はぐれ 脱落して
最後は一人になっていた
地図にはこの村は書かれているのか
誰がこの村に行こうと言ったのか

ヤクという家畜をはじめてみた
風見鶏のある教会
深い谷 雪に抱かれた山は美しく
ふるさとでもあり 異郷にさえみえた
村には埃っぽい生活路が一本だけ通っていて
花を積んだ荷車は時々通るが
私が歩いて この村に辿り着けたのは
この路ではない

村の真ん中にある広場には
なにかのイベントに使ったのであろう
巨大なモニュメントの残骸がある
若者はまだ戦場にいるのか
「おはよう」と声をかけて前を通るが 
老人 子どもは無口で
帰り道ではだれもいなくなっていた

村の出口はまだわからない

蛇   山本なおこ



真っ二つに
切断してしまった
鍬が 蛇を

からんとした静まり
激しい草いきれ

と 鎌首をもちあげ
頭半分が走ったのだ
くーっと まっすぐに
光る道さして
やがて
ぱたりとあたまをたれ
白日の下
蛇は真新しい死の形をとった

  ねんもされる
  ねんもされる

祖母は泣き顔になってうろたえたが

私には 蛇の
凛とした清潔さだけがあって
瞳のあたり
紫紺色の風がそよいでいるようでならなかった



             *ねんもされる ――― 怨念をかけられる

旅三詩   牛島富美二



 竹生島

誰が築かせたにしても築いたのは
石を手に樹木を手に水を手にして喉の渇きを癒しながら
己が身の安全を祈願していたはずの神社
――ここまでは上り下れば鮎の店…


 近江八幡

街並みにそそられて歩き回る
齢の離れた姉が遠く家郷を離れて
老いた母が産んだ末子に仕送り続けた街
――年立つや己を忘る病持つ…


 裏見の滝

蕉翁とともに歩いてみる
礫(つぶて)と蔓と幾重の木の根を伝えば
岩窟の狭間に身を横たえて眺めるのみ
――足裏の恨みつぶやく裏見滝…

明けの明星は   清沢桂太郎



遠くに 遠くに
軍馬のいななきと
兵士の足音を聞く

 参禅は一人と萬人(ばんにん)と敵(てき)するが如くに相似(あいに)たり
 危亡(きぼう)を顧みず、賊の陣中に入って
 賊首(ぞくしゅ)を取り而(しこう)して帰る
 始めて是れ大雄氏(だいおうし)の猛将なり

戦いは終わった
夜がやわらかに更けてゆく

 衆生を先に度(わた)して自らは
 終(つい)に仏にならず

先師の言葉を繰り返し繰り返し思う
夜がやわらかに更けてゆく

明けの明星を!!
明けの明星は!?

それから あれから   根本昌幸



それから どうしたんだっけ。
あれから どうしたんだっけ。

余りにも歳月が過ぎてしまって
すっかり忘れてしまったよ。

歳月の過ぎていくのは
とても速いよ。

一日が過ぎていくのも
とても速いよ。

最近そう思うようになった。
若い日 若い日はそんなこと
これっぽっちも思ったことはなかった。

永遠とは
永遠に続くものと思っていた。
いつか途切れるなんて
微塵も思わなかった。

当たりまえだろうよ。
命はいつまでも続くと思っていた。

この逞しい肉体が
滅んでいくなんて。

それから あれから
人間はどうしたんだっけ。
どこへ行ったんだっけ。

忘れた。

浮き草   水崎野里子



浮き草の水に漂ふわが命
はかなき恋と君ぞ知るべし

われ一人浮き世の川に流れゆく
われのゆくゑに掬う手もなく

浮き草の浮き世流るるこの身かな
漂よひゆかむ君との逢瀬に

われぞ浮き草この短か世を流れゆく
地獄極楽わがここにあり

卒塔婆あり君知りたまへ媼あり
浮世漂ひ枯れし草の根

水に浮き澪標(みおつくし)なく彷徨ふは
われぞ浮草 涙に浮かぶ

今日もまた浮きて過ごししわが日々の
同胞(はらから)ともに乱れて果てむ

悔ゆる名も惜しからざりし縁(えにし)なく
梳く黒髪も差す紅もなく

木造駅舎の春   晴  静



レールが続いています
ホワーっと光って続いています
トンネルの方まで続いています
桜のつぼみが固いままで映っています
雲がフワーっと浮かんでいます
汽笛がベールに包まれ聴こえています
トンネルの内に響いて消えています

風が吹いてきました
裏の山から吹いてきました
映ったつぼみが微かに恥じらいました
ちらっと花びら見せました
列車がトンネルに包まれました
汽笛が響いて拡がりました


春が

春が

やっと微笑み魅せてくれました

降り始めた雨   下前幸一



ひとり軒端にたたずんで
寂れた記憶を眺めている

根腐れした言葉の
蔓延する種子
内実のない
油染みた視界の
膨らんだあぶく
濡れネズミの希望は
場末のカラオケボックスに繁殖し
音のない歌に耳を傾けていた
指標は過去最高を顕示していた

降り始めた雨に濡れながら
寄る辺もなく
ストロンチウムの微細な崩壊と
内部被曝のかすかな疼きに
視界は白く靄っている
白川以北一山百文の
見えない薄い毒に曝されて
僕らの時代は立ちつくし
理由のない浮遊に怯えている

降りしきる雨に閉ざされて
持ち寄る計画もなく
角質化した感性や言葉の標本を
装丁にピン留めしたまま
自閉した政治に僕らは代弁されていた
雨音の向こうからさんざめく
忍び寄る未来の裂け目に
ミトコンドリアの発熱と
青い火が燃えている

あなたは誰だ!
赤い鬼の姿格好をして
腰にまわしの線量計をぶら下げて
百万の傷口に塩を塗り
歌を喚く
あなたは誰だ!
よそ行きの連帯を拒絶し
表面を撫でさする言葉を糾弾し
沈黙を肘で割る
あなたは誰だ!

降りしきる雨の
記憶のかさぶたに手を当てて
閉ざされた坑道を
拉致された鉱夫のように
湿った手ぬぐいを頭に巻いて
ひたひたと
叩く僕らは

名古屋鉄道   中島省吾



愛を私が知った
愛を君が知った
私が愛を叫ぶ
愛を僕が知った
愛を叫ぶ僕は夢を見ていた
君という夢を見たいよ
ずっと永遠にこのまま雪と共に消えないように
愛知県の熱田神宮の式前で誓った
少年は僕だった
僕は愛知の少年
愛知の少年が愛知の少女に愛を叫ぶ
名古屋鉄道のホームから
向かい側のホームの女の子に愛知の少年は叫んだ
おみゃーとおりゃのかていをつくりゃん
女の子は泣いて少年を見た
おみゃーとおりゃのかていをつくりゃん
おみゃーとおりゃのかていをつくりゃん
電車が来た
電車が過ぎ去っても
女の子はホームに立っていた

八両編成冨吉発準急名古屋行き名古屋駅の雨の日の恋人   中島省吾



雨が降る
君の心に雨が降る
傘を渡したいオタクのファンたち
あたしの彼氏はオタクの病人
なんでそんな病人と付き合うのとあたしの周囲は猛反発
おでんをオタクの君から渡された、ありがとー
紙袋いっぱいのプラモをオタクの君から渡された、ありがとー
雨が降る近鉄名古屋駅駅前
奴、彼氏が来た、手ぶらで来た
「つかれちゃー、診察イケズされて、四日市から急行乗ってたら
 蟹江駅の人身で遅れて、富吉駅で乗客みんな富吉の車庫から出
 てきた八両編成の準急入れ替えで足フマれて鼻血出た」
笑顔であたしは笑った
cancamのモデルのあたしだよ、無作法に抱きしめてきた
奴はデブってたあたしが
家族破産して独り泥付いた顔のホームレスで
地下鉄西梅田駅で意味不明なこと叫んでいた時
泥顔のあたしに心配そうな顔で
「俺も病気だから」と意味不明なあほ二人で叫んで
泥付いたダンボールに寝そべって
病気の行き方を一晩中語ってくれて、警察にあほ対峙して
病気の生き方を悩んでくれて
そのまま知り合いの市役所員に駆け寄ってくれた
オタクのファンたちはモデルになったあたしを観てる
奴のみに貰ってくれるかな?
ありがとう、君は手ぶらでも相合傘で女の子は嬉しすぎるから

走れ正直者!   中島省吾



自然にナチュラルに
走れ正直者!
やすおクンは何もできません
バレンタインもクリスマスもハローウィンもイースターも無しです
やすおクンのお母さんは病気で死にました
やすおクンは働いていなかったので
お母さんは市役所に頼んで無縁仏になりました
やすおクンはちょっぴり知的障害がありましたので仕事がなかなか見つかりませんでした
社会で通用しません
友達も彼女もいません
家に来るお客さんも親戚もいません
お母さんは一人っ子です
もちろんナンパの仕方も、好きな子への友達になりたい最初のアクションもできません
歯が震えて、人を見ると怖くなります
それを感じて最初のアクションもきもい奴と思われてのちに総スカンです
最近、スーパーでお弁当を買いに行くことを覚えました
でもやすおクンが一人でお弁当を買いに行った帰りに
待ち伏せしているヤンキーアベックがいます
太陽がにっこり
木洩れ日がにっこり
今日も良い日、お日様がにっこり
小鳥が純粋に食べ物探しています
やすおクンの服を引っ張って
財布の中身見せろとヤンキーアベックが追いかけてきます
やすおクンのポーチには市役所の自立支援者が
鍵を付けていますので
アベックはポーチを開けれません
やすおクンが一人ぼっちのお母さんが死んだ家に帰ってきて
おなかがグーグー
いただきますと390円のお弁当をほおばりました
「うみゃあ。ええにゃあ」
毎日、テレビをつけて一人寝るだけです
やすおクンにはそれしかできません

父のたわごと   佐藤勝太



家の者が
お父さん寝言が多くなったよ
と言う
照れ隠しもあってか
俺は日頃言いたいことも
言わないで我慢しているから
寝言で言うのかな
と言うと
家の者は揃って大笑いする

お父さんが言いたいことを
日頃我慢しているなんて
誰も思わないでしょう
とまた大笑い
口喧しい父は何を語っているのか
誰も解っていないわが家の会話

余所者と地の人   佐藤勝太



ある都市では田舎から出て来て
二十年余住んでも
居住者はまだ余所者扱い
市内の他所から移り住んでも
容易に認められない

表向きは親しそうだが
寺の門徒や村祭り等昔からの
習わしは依然として古くからの
住民は余所者には無関心のよう

空き地のある墓地も使えない
しかし勝手な労働のときには
皆んな一緒で協力しましょうよ
と呼びかける

ひとひらの雪   吉田定一



天から地上への
なんと美しいたましいの旅路だ

花びらのように舞い降りてきて
手のひらに乗るや

みずから密葬を済ませるかのように
おまえは水から生まれて

そして 水に還る
一滴の涙にして

また生まれて帰っておいでよ
自身に言い聞かせるように

そおっと手のひらの
小さなひとひらの哀しみを握る

試み   加納由将



初めての試みうまく運ぶかさえつかめず明日を迎える
歌ってる時
座っている姿がステージから見えるのか
今までの自分では考えられない行動
コンサートで最前列の座席に車いすから移ろうとしている
母も急いで座りやすいように座布団を作る
着実に準備が進んでいく
どんな結果になるか
全くつかめず
眠れない夜が待っている

おれの少年   ハラキン



郊外の
稲荷神社の参道沿いの長屋は
消えていた
おれの少年が
赤い頬で
おれのかたわらを
駆け抜けていった
壁とタンスのすきまから
幽霊たちが
つぎつぎと出てくるのを
おれの少年は
たしかに見て
父親に喋ったら
父親は
ほう そうか そうか
と反応した
大昔
同級生と
けんかをした空き地に
マンションが建っていた
おれの少年は
マンションに
今も閉じこめられている
どや街でけんかを売って
ドスを持った男に
追いかけられた
おれの少年
生きかたがわからない
生きかたを命じてください
いや
死にかたを命じてください
すてきな死にかたにむかって
生きていこう
おれの少年たちが
いっせいに起ちあがった

俺   ハラキン



低い山並みを 或る眼差しが移動していく 空撮のよう
に。鬱蒼たる木々の緑を 林道が引っ掻くように薄茶の
線を走らせているその一点に 眼差しは固定し次いで近
づいた。ランドセルを背負った男児がなにかしている。
眼差しがさらに寄る。林道の脇の窪みに 燃えている紙
を這わせている。眼差しがさらに寄ると アリの大群が 
彼らにとっては巨大な炎に焼き殺されている。タンパク
質が焼ける異臭をかぎながら 男児は真剣な顔つきで男
児なりの儀式を執行している。
「こら なんということをするんだ やめなさい」。激し
く叱る声が 男児の背中に響きわたった。眼差しは男児
の背中から切りかえし 声の主をとらえた。四十代だろ
うか 中肉中背の男だった。林道を用事か散歩で歩いて
いる最中に 殺生の現場に出くわしたのだろう。男児の
愚行を赦さない毅然とした表情で 叱り続けた。眼差し
はその表情を凝視する。全力で叱っているが 怒りの表
情ではない。そしてけっして男児に手を出さない。眼差
しが一瞬驚いたようにブレて ふたたび中年男の顔を捉
えなおした。男児の生を尊び思いやる慈しみの表情で
叱っている。
いつもは山田君といっしょに下校するんだけど きょう
は独り。独りで山道を歩いていたら いつものアリの巣
がなぜだか急に気になってたまらなくなってきて ちょ
うどわら半紙とマッチを持っていたので 俺はわら半紙
を松明みたいにぎゅっと固めて火をつけた。アリたちを
何匹もまとめて焼き殺していると 知らないおっさんに
めちゃくちゃ怒られた。俺は泣いてしまった。
小学生の頃から好きな林道を 久しぶりにゆっくり歩い
ていたら ランドセルを背負った男の子がいた。両膝を
ついて何かしていた。近づいてよく見ると アリの巣が
ある窪みに 燃えている紙を這わしてアリを焼き殺して
いた 一網打尽に。俺はびっくりして男の子を叱った。
子どもはひたすら純粋なまでに残酷だ。澄んだ目で殺戮
する。あっ。俺もあの子と全く同じ過ちを犯したことを 
今思い出した。こういうのをデジャブと呼ぶのか。
あるとき俺はいつものように浮遊し 人間たちの穢土を
見下ろしていると 男児が小さな昆虫の群れを焼き殺し
ているのを目撃した。しばらくしてこの現場を通りが
かった中年男が 男児を叱ったのだが 手を出さず 慈
悲の心で導いているのに驚いた。肉体の無い眼差しの俺
は じつは昔 この中年男であり さらに昔 この男児
でもあった。無限に重なって 全員が俺であった。

諸相   ハラキン




近代にある喫茶店では
キュービズムの姉御が
紫煙を三つの鼻からはきだす隣で
弦楽四重奏を歌伴に
「賭場の上がりをてめえ」などと
任侠がひそひそと歌った


住宅地に立つ
役所のスピーカーから
BGMとして
艶歌が
こぶしいっぱい
老人の行方不明が知らされた


MRIに入ると
ヘッドホンからきこえる
ピアノと
ゴンゴンゴゴゴゴゴゴ
という磁気音が
孤独をうたいあげた
MRIから出ると
時間が止まっていた


盛り場を歩く
菩薩立像は止まっていた
バイオリンの音は
時間が止まった状態の音で
菩薩立像に愛でられていた
ここから
時間が逆行をはじめた


ウラの人類たちは
このようなオモテの音楽について
「だからオモテは厄介」
「ウラは明快」
音楽が無いことを
いつも自慢しつづけた

種子 あるいは 石の眠り   葉陶紅子



開かれた石の眸(め)に そおっと触れて
瞼閉じさす 森の水脈の音

石のなか 穿たれた螺旋階段
上りて浮かぶ 青き水面に

花は核(さね) 核(さね)は石のなかに眠り
宇宙(コスモス)の森に 浮かびただよう

立ち騒ぐ 魔女の梢がかき乱す
沈黙の森 風の喉笛

森の奥 石の眠りを夜伽する
けものらの息 守(も)るはこびとら

日と月の双子を産めば 鳥叫び
賢者は笑むや 眠りの森の

片隅は中心にある ドアを開け
空の裏へと 消えゆくものよ

姫君と魔女   葉陶紅子



鍋釜でぐつぐつ煮れば 変容す
生死の相も 時間の意味も

醜貌の魔女のなしよう 見つめいる
亡国の姫 涙乾きぬ

魔女の杖 ひと振りすれば耀きぬ
生きとし生ける ものたちの森

大理石のま白き城は 緑濃き
眠りの森の 館にしかず

森に生る 赤い果肉の実のなかで
宇宙(コスモス)に架かる 眠りを眠れ

なが肉体(にく)の内側にこそ 緑濃き
森生い繁り 鳥は囀る

木漏れ日に揺れる大気を 吸うものたちは
同じ目方の いのちなりしを

死者と春   藤谷恵一郎



死者の胸に
小鳥が
一粒の種子を落とす


芽吹き
子馬の誕生のように
花を咲かせる
生命の宙の
ひとつの確かなものとして

死者は
ようやく大地に帰る

小鳥よ   藤谷恵一郎



鉄格子のなかに
楽しげに飛び込んでくるあなたの放った小鳥

鉄格子の外の
明るい光のなかに羽を広げたい私のつたない詩

死へ傾いた命が死を抱きなおし 身を翻すように
あなたの息吹を



         *敬意をこめてK・Kへ 2017年11月

<PHOTO POEM>
葉っぱのコート   水崎野里子



ガラス戸を通して見る
赤い葉っぱ
風に揺れている

でも みんな下向き
寒くはない?もうすぐ冬よ
たくさんの葉っぱさん

赤に黄色も混じる
垂れ下がって 懸命に
木に縋り付いているみたいね

遅い秋 晩秋とはきれいな言葉だけど
寒くなることには変わらないじゃない?
冬までには みんな落ちてしまうのね

永遠の命はない 
永遠の春はない
日本の四季 秋の紅葉

きれいだと愛でて来ました
でも葉っぱのさよならね
落ちる葉っぱはいつかは落ちる

今日は寒くて 私はダルマみたいに
古いセーターを着こんでいます いいかしら?
いつか 落ちた葉っぱをたくさん集めて

コートを作ります 落ち葉コートを
頭まで被って ミノムシさんと一緒に
冬の風の中で ぶらぶら揺れます

でもあったかいから大丈夫
落ち葉さんの贅沢コート

小詩篇「花屑」その12   梶谷忠大



  ふゆの空

かなしみを容れるために
ちりひとつ無きかに
掃ききよめられた
ふゆの空


  鳥 語

まるで
朝日に応へるやうに
とび交ふ
とりどりの声


  枯 芒

おのが姿を水面にうつし
大団円の没り日を浴びながら
銀髪をなびかせて
かれがれのすすきほよ






  素 秋       梶谷予人



色香なき愚陀仏庵の夏座布団

青田風視野にながるる狂詩曲

玉砂利に聴く真言や高野の秋

心地よき色なき風や波羅羯諦

少女子のねがひは螺旋ねぢれ花

歌舞伎ゐる阿国の腰の小瓢箪

ひめちゃんの詩   斉藤明典



月がまあるくなって
明日は満月という朝・未明
大好きな母さんの温かいベッドで
猫のひめちゃんの鼓動が静かに止んだ
僅か12年の短いいのちだった

生駒の山麓公園の片隅で
やさしい母さんに見つけられた
ここで働いていた連れ合いが
子ねこを見かけて毎日餌をやり
この小さい生命に心がとらえられた

家に来たときには先輩がいた
面長で精悍 敏捷な雄猫のシャ
ピアノの上から窓のカーテンレールに
跳び移ってそこを歩いたし
ドアはロックが甘いと頭突きで開けた

丸顔 おっとりのひめちゃんは
身体もまるまると育ち 娘から
デブゴンと呼ばれるようになった
戸や窓の開閉で 一瞬ひやっとしても
考えているようで すぐには飛び出さなかった

連れ合いがおもてにいると
近所の幼い子どもたちが
おばちゃーん
ひめちゃん見せて と
家の中に入ってきたね

四日ほど前から餌を食べなくなり
喉を通ったのは 水だけ
階段の昇り降りも
コトン・コトンと ゆっくりゆっくり
膝に乗るのもソファに前足かけてヨイショ!

連休の朝 新聞をとり 雨戸を開けて
朝食の用意 食堂で待っていると
「ひめちゃんが死んだ!」と
眼を赤くした連れ合い
黙って背中を抱く

週末帰省の心づもりをしていた
大阪にいる二人の娘そして孫も
急いで駆けつけ 家にいる姉と
箱の中に横たわるヒメに
花などを添えて飾る

翌日 山の中の動物霊園へ
人の喪を模した埋葬
屋根の上に立ち昇る白い煙
天国に昇っていくのです と
霊園の係員の静かな説明

くりっとした目の おだやかな
やさしいひめちゃんがいなくなって
ぼくたちの生活の なにか
目に見えない形が変わった
ひとつの時代が終わったのだ

石はなかよし   田島廣子



駒川祭りで二時間踊り帰りに嘔吐
悪寒戦慄四〇度の熱 娘に支えられ
何か身体のなかで起こっている
携帯を充電してベッドに置く
伝い歩きでトイレに行けば壁で頭を打ち
病院に行けず 未亡人のみじめさ
米を研ぎ粥を炊き梅干しで食う
三 四日目の米粒

CRP10 炎症反応は高く高熱は続く
尿管に9ミリの石
腎臓にステントを入れ尿をだす手術
水腎症 腎盂炎をおこしていた
抗生物質の点滴 皮膚は紫色
 石が見えなくなったんですよ
と若い医師が言う
9ミリの石が尿に出るか
腹部のCTで尿管の石は腎盂の中に
 石よ 居心地がいいのかい
 石よ 暴れ出したら麻酔をかけ
 お前をとってペンダントにして
 私の首に飾ったる



             *CRP 炎症反応のこと

鏡のなか   もりたひらく



三面鏡を コの字の形にして
その中に 迷い込む

鏡のなかの
鏡のなかの
鏡のなかの
幾重にも 拡がる 世界

見てはいけないものを
見てしまったような
でも だからこそ
また 覗いてしまう

誰?
私の顔を
覗き込んでいるのは

サッカーボール   木村孝夫



校庭の隅の草むらに
忘れられていた
サッカーボールを見つけて思わず蹴った

止まっていた時間が重くのしかかっていたからなのだろう
サッカーボールは
鈍い音を残して目の前に落ちた

空を飛ぶことを忘れてしまった
サッカーボール

放射線量が高い
草むらの中で
悩み続けていたのが痩せた姿から想像できる

あの時
草むらに向かってボールを蹴ったのは誰だろう
みんなが追いかけるのを止めた
七年前の事だ

七年前の一Fのメルトダウンから
サッカーボールを蹴ることは難しくなった

サッカーボールにも
放射能の知識が染みついたから
その知識を蹴るには躊躇するものがあった

その前は思い切って蹴れた
相手側のゴール近くにまで飛んだものだが
今はとても蹴れない

サッカーボールを蹴ることの難しさ
そこに躊躇するものがあればなお更だ

放射能の一部を切り取って古里を再生しているから
思い切って蹴ると
新しい古里の外に飛び出してしまう

帰還困難区域に飛び込んだボールは
小さな悲鳴をあげて草むらに転がるしかなくなる
もうサッカーボールに
悲しい思いをさせてはならない

放射能の知識を横に置くと
サッカーボールは蹴られることで元気になれる
蹴り損じても笑い声は残る
放射線量というくび木がないと空高く飛ぶことができる

校庭の隅の草むらに
忘れられていた
サッカーボールを見つけて思わず蹴ってしまった

校庭を走りまわっていたサッカーボールの姿はもうない
空を飛ぶことを忘れたボール
目を閉じると応援する声が聴こえてくるのだが

空高く蹴り上げたサッカーボールが大きく弾んで
少しそれて古里の中に落ちる
そんな日はまだ遠い



      *一Fとは東京電力福島第一原子力発電所のこと

雲になりたい   日野友子



雲になりたい
不確かで
あやふやで
気まぐれで

湧いたり
消えたり
流れていく

雲になりたい
高く浮かび
山々を越えていく

雨を降らせ
雪を降らせ

太陽の光をピンクグレーに
反射する

雲になりたい

明け方の母   斗沢テルオ



七回忌も疾うに過ぎたというに
母はいつも 明け方に来訪する
亡くなった直後は
介護の延長の姿で入って来るので
目が覚めるといつもドッと疲れた
あれもできなかった
これもしてやりたかった
後悔だけの夢見に
床につくのが苦しかった

近頃の来訪は
畑に続く夕陽を背にしながら――
遠い我が家の昔話の中から――やってきて
少年期の私には見えなかった一面を
惜しげもなく曝け出し笑っている

床で目を覚ます私に妻が言う
 またお義母さんの夢みたの
 ほっぺ緩んでたわよ
私は うん と答える
 よっぽどうれしいのね
私は うん と答えて
あとは押し黙ったまま
夢のテープを懸命に巻き戻し
記憶に焼付ける

目覚めたときのおぼろげな母は
いつも明け方の夢の玄関に
笑って立っていて
私は いらっしゃい! と
笑みで迎えている

ゆくも 追うも   関 中子



会い会えば
あはれ綾なす涙

しらしらとつづりをつづり
しずくしたたる

あわれ
名残の笑みを置き

はるかかなたに
念仏を唱えて

帰ることもなく
戻ることもない
気ままに訪ねることもできない

ゆくも追うも今年もゆく春
誰とゆくやその名をしるや

会えども会わず君ゆくや
ありやわたしはとどまり

笑みをかえして送れば
確かに この世を境に

ありやなしや
人の世を終えたのちに会うを
人は知らずな知るや

小春日和に   青山 麗



隣家の甍や庭の樹々に
柔らかな陽がいっぱい降り注いでいる
間もなく暗鬱な冬が訪れるというのに
刻一刻 大地の死が近づいているというのに
今朝の この夢のような
明るさ
幸福感はなに

煌めく陽光を全身に浴び
思うのは この刹那の出会い
何百年 何千年も昔から人々は
大まじめに思案を繰り返してきた
この瞬間を永遠化できないものかと
いま 同じ光を受ける多くの人たちも
きっとそう考えているにちがいない

この一瞬を永遠へ――
それができるのは
おそらくあなたの言葉
熱くほとばしっては
白い石のように静止する
あなたの
魔法のような詩

永遠に   西田 純



山の辺の 棚田を
ひとつ残らず 飲みほして
目のなかに すっかりおさめよう
道ばたに のびていく
さきみだれた 梅の木まで
また ひとつ あたらしく

どこまで ながめていても
いつまでも 立ち去ることのできない
この景色は
もうすっかり ぼくのものだ
自分のなかに とりこんでしまった

多くのひとが 
自分のものに すればするほど
大きく ひろがっていく

いつまで 自分が
生き続けられるのか わからないが
ここが いつまでも生きているだけで
ぼくは 永遠にうれしくなる

美しく青きドナウ   左子真由美



開け放した窓から入ってくる春の暖かい風をレコード・プレイヤーの音が掻き混ぜる。
高校へ入ったばかりの私はその頃、よくワルツを聴いていた。二階の間借りの部屋にヨ
ハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」が流れている。「ねえ、もう一回聴かせて
くれる」と美しい叔母は甘い声で私にせがんだ。叔母はまだ若い。外で小さな子どもた
ちのはしゃぐ声。その頃、わけあって他所から引き上げてきた私たち家族は、叔父の家
の二階に間借りしていた。叔父の仕事が何であったのか詳しくは知らない。ただ、お金
にからんだ夫婦の激しいやりとりを何度か耳にした。子ども心に何か不穏なものを感じ
ていた。春の日。桜が窓辺を舞い、新しい季節に胸はずむころ。叔父には別れてきた前
の妻があり、二人の娘があった。そして、その一人、上の娘は気がふれて病院に入った
ままだ。美しく青きドナウ、その調べに叔母はなにを感じていたのだろう。友と別れ、
ようやく慣れた土地を離れて来た私にとって、それは叶わぬあこがれであった。届かぬ
思い、宮廷での華やかなパーティ、まだ見ぬ世界への羨望。生活の靴は土にまみれたま
ま、どんなにもがいても私の生きる場所はそこにしかなかった。それからいつその家を
去ったか覚えていない。そうして、やはりあちこちを転々とした。何年も何十年も廻り
続ける走馬燈。

長い年月が過ぎ去った。全ては消え去り、もはやその家はなくただの更地があっただけ
であった。雪の夜、通りかかった私は車を止めてその場所に佇む。叔父はその後、多額
の借金を残して行方不明になったと聞く。あの若く美しい叔母はひとりどこで生きたの
だろう。狂った娘は? もう誰もいなくなった冷たい土の上、チラチラと初冬の雪が舞
う。まるで思い出の欠片のように。果たせなかった夢の欠片。耳を澄ませば、どこから
か聞こえてくる。「美しく青きドナウ」の華やかな調べ。「ねえ、もう一回聴かせてくれ
る?」と言った叔母の甘い声。人生のパーティに行けなかった人たちの遙かなあこがれ
を乗せて。暗い夜の空き地。電信柱の常夜灯がスポットライトのように照らし出す。不
在の土地を。誰もかも、みんなみんな永久に行方不明のままの。

いつも二人で   佐古祐二



港の岸壁
並んで座っている
向こう向きの中年のカップル

じっと

視線の先
うすく煙る船体
外国航路へと小さくなってゆく

波音に 鷗の鳴き声
膝におかれた手に手をかさね
沈黙の愛。