今日だけの女 短編小説集
- 著者
- 下村和子
- サイズ
- 四六版
- 頁
- 304ページ
- 製本
- ソフトカバー
- ISBN
- 978-4-86000-263-3 C0093
- 発行日
- 2013/10/10
- 本体価格
- 1,500円
人間の放つ光と、
背負う影、
その微細な色まで
描ききったことばの絵筆。
十二編の短編は
読者の心の中で交響し、
いつしか大きな
曼陀羅絵となるだろう。
=== 目 次 ===
駅裏
刺繍曼陀羅
猫
窮鼠
へんろみち
縄文杉
手の記憶
痣
荒野の歩き方
アメリカみやげ
今日だけの女
私のユートピア
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和菓子屋の主婦が教えてくれた靴修理店は、ガード下を抜け出るとすぐに見つかった。その気で探さねば気づかないほどの、小さな箱型の店が、うどん屋の前にあった。
田井葉子は、無惨にへし折れた靴を片手にぶら下げて、その箱の戸を開けた。それでもきちんとガラス戸がはまっているのに感心しながら、頭を低くして中へ入った。
「ごめんなさい。ちょっとお願いしたいんですけど……」
「ああ、どないしたんや。まあ掛けなはれ。今ちょうど空いたとこや」
七十近いかと見える小肥りの靴屋が、洟をふきふき言った。
「寒そうな顔して。顔まっさおやで。まあ、あたんなはれ」
葉子の方に、赤く燃えた練炭のコンロを押しやってくれたおやじの顔は、汚れてはいるがシャルル・ボワイエに似ていた。(「駅裏」より)