白い糸後藤 順 詩集
- 著者
- 後藤 順
- サイズ
- 140ミリ×190ミリ
- 頁
- 112ページ
- ISBN
- 978-4-86000-491-0 C0092
- 発行日
- 2023/04/20
- 本体価格
- 1,800円
言葉には重さがないが、その言葉が降りてくる詩人・後藤順の詩の一行には
重さがある。言葉をいつくしむことと、生命をいつくしむことは一つである。
確かに生者である私たちは、気の遠くなるほど数々の死者を背負って生きて
いるが、「白い糸」を読み進めると、実は、気の遠くなるほど数々の死者に背
負われて生きていることに気づく。そして、私たちは未来の生者を担いでいる。
その気づきは、こんにちの困難な時代に新しい展望をもたらすだろう。
(左子真由美)
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午前零時
赤子の夜泣きが漏れる古いアパート
読み終えた新聞を部屋いっぱいに広げ
妻は白髪を梳り
夫は爪を切りそろえ
無口な肉体に纏いついた今日の老いを
六畳の隅々まで拭きあい
忘れかけた邂逅を逐一話す
妻は野良犬が路傍に捨てられ
その屍骸の上に暮れかかる
夕陽の美しさと悲しみを話し
介護した蒼白な老人の呼吸が
苦悶する命のありかを話し
夫は夕食にさばいた鯵の胃袋にあった
形を残した小魚の死を話し
いつからかゴミ箱に住みついた雌猫の
鮮やかな初潮を話し
話し終えた安堵のなか
抜け落ちた髪と切り捨てられた爪が
乾いた唇に混じり合う
妻のかすかないびきに
夫のねがえりが二人を近づけ
今日一日分の生を
それぞれが終える午前零時
新しい話が芽をふき始める
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● 著者について ●
後藤 順(ごとう じゅん)
1953年、岐阜県生まれ
既刊詩集 『ニンゲン欠乏症』(2004年 未来工房)
『日本海かぶれ』 (2004年 未来工房)
『のぶながさん』 (2006年 ブイツーソリューション)
『ぬけ殻あつめ』 (2010年 土曜美術社出版販売)
『追憶の肖像』 (2015年 未来工房)
所属詩誌 「ひょうたん」
所属団体 日本文藝家協会・日本現代詩人会